例えば今日、世界から春が消えても。
熱い、辛い、と言いながらもチーズキンパを食べ続けている飯野さんが笑いながら口を挟む。


彼女の言葉は正論なわけだから、大和は悩む余地もないだろう。


「えー、…じゃあ、これだけ」


そうして折れた彼が嫌々ながらもチキンを1つだけエマに渡したのを見て、飯野さんとエマは手を叩いて笑い出す。


「大和君拗ねてる!可愛い!」


今の大和の行動のどこに可愛い要素があったのかは分からないけれど、彼女達が楽しんでいるのならそれで良い。


僕はそんな3人を見回し、自分用に頼んだ冷麺を啜った。



「…あー、本当に美味しい。来れて良かった」


それから、暫く無言で韓国料理を味わっていた時。


不意に飯野さんのしみじみとした声が聞こえて、僕は顔を上げた。


冷めてしまって伸びなくなったチーズキンパを口に入れた彼女は、それを飲み込んだ後に再び口を開いた。


「こんなに美味しいものをお腹いっぱい食べれて、本当に嬉しい。…ありがとう、和田君」


「あ、うん」


彼女の口調はいつもと何ら代わりがないはずなのに、何処かが違う気がする。


戸惑いながらも、僕はこくりと頷く。


そんな僕に笑い掛けた彼女は、

「私、世界にこんなに美味しい料理があるなんて知らなかった。本当に美味しいし、何か、全部、」

と、独り言の様に感想を漏らしながら、
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