例えば今日、世界から春が消えても。
でも、


「うんっ、…楽し、そ…っ、」


「…え、何でもっと泣いてんの」


彼女は泣き止むどころか、今以上に泣き出してしまったんだ。


思わず心の声が漏れた大和と何も出来ない僕は、黙って顔を見合わせた。


「わーごめん!じゃあ話題変える!」


目を白黒させたエマは、飯野さんを笑わせる為の次の話題に踏み込んだ。


「ってかもう夏なのに、私達、わざわざ汗が吹き出てくるお店に入っちゃったね!梅雨が終わるのは良いけど、もうそろそろ蚊も出て来るし暑くなるもん」


だってもう、5月だから。

笑いながらそう言った彼女の言葉を聞いた瞬間、

「…」

飯野さんが、分かりやすく身体の動きを止めたのが分かった。



「っ、…そうだね、…」


そして、何とか言葉を吐き出した彼女は。


「…え、」


今までよりもいっそう激しく、泣き出してしまったんだ。


顔を覆って嗚咽を漏らす飯野さんに、僕の目は釘付けになる。

急にどうしたのかという疑問が首をもたげたものの、口を開いたら迷惑になる予感しかしなくて。


「ご、ごめん!どうしよう、とにかく大丈夫だよ、サクちゃんが泣くような事なんて何もないから」


「ねえ、残りのキンパ食べないなら俺が食べるよ?」


エマと大和が何とかして飯野さんを泣き止ませようと試みている中、僕はティッシュを無言で差し出す事くらいしか出来なくて。
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