例えば今日、世界から春が消えても。
その時、エマがタイミング良くそんな事を言ってきたから、僕達は揃って彼女のスマホを覗き込んだ。


「これじゃない?9年も前のだから画質悪いけど」


「おー、」



その画面を埋め尽くすように映っていたのは、満開の桜の花だった。


画質が粗いとはいえ、その花の特徴はしっかりと肉眼で捉える事が出来る。


1つの花に付いている花びらは5枚で、伸びる枝からは、1箇所に幾つもの桜の花が咲いているのが見受けられた。


画面を覆う桃色には、他の花とは一線を画す何かがある、のかもしれない。



でも。


「こんなん見る為に昔はわざわざ外出してたの?無理無理、サッカーやってた方がずっとマシじゃん」


大和はそれを見るなり、訳が分からないと言いたげな顔をして向こうを向いてしまった。


「ね、ワシントンの桜も消失したっていうし。薔薇の方がよっぽど綺麗だよ」


単なる興味心からスマホを開いていただけのエマも、納得出来ない様子で画面を閉じる。


「そうだね」


僕も、単調な声で彼女に同意した。


そんな桃色の物体を見せられた所で、綺麗だとか可愛いだとか、そんな気持ちが芽生えるはずがない。


だって、百年前の人が桜に対して抱いていたはずの感情なんて、今の僕達は持てないのだから。
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