例えば今日、世界から春が消えても。
なんて、ほっと胸を撫で下ろした瞬間、


「え、」


僕の目は、たった今貼ったばかりの絆創膏を突き破る勢いで流れ出す血に釘付けになった。


何で。

普通なら、すぐに止まるはずなのに。


「あのさ、和田君」


黙って血が流れ出るのを見つめていた飯野さんが、小さな声で僕の名を呼ぶ。


「ガーゼと包帯、探して貰える?…多分、そうしないと止まらないと思う」


「…あ、うん」


その時の飯野さんの口調はまるでこうなる事を事前に予測していたみたいで、以前にも経験があると言いたげで。


多少の疑問を抱きつつも、僕は彼女が指示したものを探すべく、再び引き出しを開ける作業に追われたんだ。



「はい」


「何度もごめんね、ありがとう」


ようやく僕がガーゼと包帯を見つけた時には、彼女は本日2度目となる傷口洗い流し作業を終わらせているところだった。


早くも血が吹き出そうとしている傷口に、飯野さんは何枚ものガーゼを素早く押し当てる。


「これで良し」


そこから、彼女は慣れた手つきで包帯を膝周りに巻き付けていく。


「びっくりだよね、ただの擦り傷なのに。凄い大怪我した人みたいじゃない?」


包帯を巻いている彼女は、一瞬だけこちらを向いて目を細める。


この事を無理やり笑い話にしようとしている飯野さんを見つめながら、立ったままの僕は曖昧に頷いた。
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