例えば今日、世界から春が消えても。
貴方は春生まれだから、人に愛される桜のように育って欲しい。

外見も内面も美しく、飾らないおしとやかな子に育って欲しい。


彼女の両親が、悩みに悩み抜いて名付けた“さくら”という名前。


その名の通り、彼女は桜を愛する少女に育った。


それなのに、蕾にまで成長した今年の桜を見る事も出来ずに死んでしまうなんて。


飯野さんの両親は、寝たきりの状態だった彼女に真実を伝えるまでに何時間もかかったそうだ。



それでね、と、彼女は指で涙を拭いながら言葉を続ける。


「桜の花の寿命って、約2週間なんだって。…同じ2週間でも、こんなにも重みが違うんだなって幼心に感じたんだ。私、桜に嫉妬したの」


自分が2週間の命を精一杯に生きてひっそりと息絶える傍ら、桜は2週間の命を人々の幸せの為に捧げている。


毎年沢山の人の笑顔に包まれて、鳥の歌声を1番近くで聴けて、空の青さを、風の踊りを、1番近くで楽しめる桜に嫉妬したの。


僕は、そう語る飯野さんの顔を見れなかった。



初めて会った頃、僕は彼女が今までに何の苦しみも辛さも味わった事がない人だと勝手に判断していた。


でも、それは全くの勘違いで。


彼女は、自分の持ち合わせた明るい性格の中に、その辛さを全て隠していたんだ。
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