例えば今日、世界から春が消えても。
何せ今の日本には、“春”という概念がー言葉だけでなく、“春”と呼ぶに相応しい季節さえもー存在していないんだ。


全ての始まりは9年前の3月、俗に“桜前線”と呼ばれる、桜の為だけに設けられた天気予報が大外れした事から始まった。


厳しい冬を乗り越えて蕾にまで成長し、あとは陽の光を浴びるだけだった桜。


それがある日突然、まるで息を合わせたかの如く、一斉に地面に落ちていった。


残された桜の木の中には枯れるものも現れたけれど、殆どが青々とした葉を茂らせて、あたかも夏を先取りしたかのような雰囲気を醸し出していて。


その光景は同じ時間帯に全国各地で見受けられ、各テレビ局は臨時番組を立ち上げてその事について三日三晩報じ続けた。


僕は当時小学1年生だったけれど、桜の蕾が大量に地面を埋め尽くしているあの光景は、ただただ不気味なものとして記憶に残っている。


また、当時エマが住んでいたアメリカのワシントン州でも、全く同じ光景が見受けられたそうだ。


その不可解な現象について、人々は“天変地異”と恐れを抱き、海外移住をする人が劇的に増加した。


また、その後の研究で、この現象は地球温暖化とは一切関係がない事が証明された。


そして、日本全国で桜が消え失せた数日後、今度は6月に出現するはずの梅雨前線が姿を現し、4月には異例の梅雨入り宣言が出されたんだ。
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