例えば今日、世界から春が消えても。
自分の教科書と筆箱を取る直前、彼女の膝に巻かれた包帯に血が滲んでいるのがはっきりと視界に映ったものの、それを見て見ぬふりをして。



授業に参加する気分でも無かった僕は、教室に置きっ放しだったリュックを引っ掴んで学校を出た。


蝉は煩いし日照りは強いし、季節は完全な夏だ。


「あっつ…」


我慢出来ずに左腕の袖だけを捲っていると、今さっき飯野さんに吐き捨てた台詞が脳内でありありと再生された。


「はあーっ、」


果たして、僕が下した判断は正しかったのだろうか。


彼女が“信じて”と言っていた言葉を信じなくて、本当に良かったのだろうか。


「分っかんねぇ、」


1か月前、飯野さんと手を振って別れた歩道橋。


そこに辿り着いた僕は、歩道橋の階段にどかりと腰を下ろして頭を抱えた。


「……」


頭を抱えていた両手が段々と下がってきて、最終的には顔を覆う。



僕は暫くその体勢のまま、動く事が出来なかった。







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それから、瞬く間に1週間が経った。


「見て!これ撮影で着た服なんだけど、今年の夏はタンクトップに羽織りが流行るらしいよ」


「そうなの?うわー、服よりも被写体が良過ぎて…この写真貰えない?」


「サクちゃん、私嬉しくて泣きそう。こんなので良ければ何枚でもあげる!」
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