例えば今日、世界から春が消えても。
彼の手が明らかに自分の傷跡に触れているのが伝わって来て、表情には出さずに“止めろよ”と目だけで訴える。


でも、既に教室のドアの方へ顔を向けた彼は僕の訴えに気付く事もなく。


「お化け?大和君って見かけによらず怖がりなの?」


「トイレの花子さんって、女子トイレ限定だと思ってたんだけど」


女子達の楽しげな笑い声を聞きつつ、僕は大和に半ば引きずられる様にして教室を後にしたんだ。



「ねえ、お前どうしたの?」


薄々、思っていた通りだった。


教室から出た瞬間、大和は僕の右腕を掴んでいた手を離し、正面に立ち塞がった。


彼は、トイレに行く気なんて毛頭なかった。


「どうしたのって、何が」


サッカーボールを持つ大和の両腕は、毎日の練習のせいで褐色に日焼けしている。


それに対する僕の腕は、…そもそも、外に晒す資格なんてない。


「分かってんだろ。飯野と何があったんだよ」


そっと顔を上げると、大和の切れ長の双眸が真っ直ぐに僕を射抜いた。


その目は睨みとは違うものの、だからと言って僕に笑いかけているわけでもない。


「何って、…別に」


「喧嘩しただろ」


綺麗に言い訳を遮られた。


「あのさぁ、俺が頭悪いからって勘違いすんなよ。俺だってサッカーボールと喧嘩する事くらいあるんだから、そん時の空気くらい分かるわ」
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