例えば今日、世界から春が消えても。
「だから」


大和はボールを軽く叩きながら、僕の顔を見て笑う。


「お前もプライドは捨てろ。格好悪いとか過去がどうのとか、そんなん関係ないから。お前らが話さないの見てると、こっちまで悪い空気が伝染しそうだし」


「っ、」


その瞬間、身体中に電流が走ったかのような衝撃を受けた。


大和の日焼けした手が僕の背中に添えられ、そのまま力強く押される。


飯野さんに謝れば、今お前が疑問に感じている事も全て質問出来るはずだから、と、そう言われている気がして。


「…ありがと、」


踏み出す事を躊躇していた足が、ようやく動き始めた。


「おう」


大和は白い歯を見せてニカッと笑うと、

「トイレ混んでて漏れるかと思ったわー」

と、ありもしない嘘を並べ立てて教室に舞い戻って行った。



「ねえ汚い!最悪!」


開け放たれた教室のドアから中を覗くと、サッカーボールを人差し指で回し始めた大和に、エマと飯野さんが笑いながら話し掛けている。


こうして見ると、彼らは本当に陽の下を歩いて生きているようにしか見えない。


不意に、光に包まれた3人の向こう側の席に、ぽつんと1人で座る自分の姿が見えた。


僕の姿は真っ黒な影に覆われていて、

その横顔は、何処か泣いているようにも見えた。
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