例えば今日、世界から春が消えても。
入学式や始業式は雨の中執り行われ、春のうららかな日差し、なんてものを浴びる事は出来なかった。


暖かな日々を謳歌するはずが、4月にして半袖を着る人が増え始め、5月の街中には蝉の声が響き渡った。


何が何だか分からない僕達は、花見を初めとする春の醍醐味を楽しむ事も叶わないままその年を乗り越えた。



でも僕達はその年を境に、“春”という季節に1度も巡り合っていない。

春は、日本から姿を消したんだ。



専門家によると、春だったはずの時期に桜の花を咲かせない木は日本産の桜のみで、ワシントン州にある桜が咲かなかったのも、それが1世紀以上前に日本がアメリカに送ったものだったからだそうだ。


桜はほぼ絶滅の扱いを受け、梅や桃の花も大半が咲かなくなり、日本文化の象徴とも言える“花見”を含めた行事はいつしか廃れていった。


また、元々は3月から5月を“春”という季節に定めていた日本政府はその基準を取りやめ、現在では12月から3月が冬、4月から7月が夏、8月から11月が秋、と定められている。


四季ならぬ三季となってしまった今、“桜”や“春”の存在を知らない子供達も増えている為、日本史の教科書にはそれらについての説明が記載されるようになった。


もちろん、僕達もそれらに対する記憶が曖昧な為、今では4月は夏という考えに違和感を持っていない。
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