例えば今日、世界から春が消えても。
「この間、私は宣告日を生き延びて、数値も安定したって言ったでしょう?あれは、見かけ上のものなんだよね」


時間はたっぷりあるし、ゆっくり説明するね、と、彼女は微笑んだ。


「白血病が完治したって先生に言われた後、私の身体には後遺症とはまた別の症状が現れたの」


そう言いながら、彼女は自身の膝を指さす。


今は絆創膏が貼られているその場所に元々巻かれていたのは、ガーゼと包帯。


「それって…」


彼女が言わんとしている事を理解した僕は、あんぐりと口を開けた。


「うん。…血が、止まりにくくなっちゃったの」


ここまで一息に話し終えた彼女は、あははっ、と空笑いをしながら上を向いた。


涙を流すまいと闘っているのが、容易に伝わってきた。


「毎年検査に行ってるんだけど、今のところは異常なしって言われてる。…でも、こうして血が止まらないって事は、いずれ白血病が再発するって事だと思ってるんだ」


膝の上に置かれた彼女の手が、ぎゅっと握りしめられる。


「私がこうして生き延びてる事は、病院側からしても奇跡に近い出来事なんだって。…だから、やっぱり、」


僕の顔を見ずに顔を上げた彼女は、下唇を噛み締めながら微笑んだ。


「別に、生きるのを諦めてるわけじゃないんだよ?…でもどうやって考えても、私は春を盗んでるんだと思う。それであと1年も経たないうちに、死ぬの」
< 62 / 231 >

この作品をシェア

pagetop