例えば今日、世界から春が消えても。
「だから、教えて欲しい。…日本に、春は戻って来るのか」


その言葉を言った瞬間、自分の視界にも涙の膜が張ったのが分かった。


でも、ここで要らない感情に惑わされてはいけない。


僕はふーっと息を吐き、付け加える。




「君の為に、何が出来るのか」




「っ、」


ビー玉のような彼女の目から、ぽろりと、雨粒が落ちた。




「…春は、戻って来るよ」


それから暫く涙を拭いていた彼女は、深呼吸をして顔を上げた。


彼女の両手は既に涙に濡れていて、彼女は自身を落ち着かせるように深呼吸を繰り返した。


「私が立てた仮説では、春は今から30年後に戻って来る」


「30年後…!?」


僕は、彼女の口が紡いだ信じ難い数字に目を見開いた。


現在、専門家は誰一人として春の行方を追えていない。


春が本当に戻って来るのか、もしもそうならそれがいつになるのか。


何のデータもないこの状況下で、これ程までに的確に春が戻って来る年数を言えるなんて。


「根拠なんてないから、理系の和田君には理解して貰えないかもしれないけどね。…でも分かりやすく説明するから、ちょっと待ってね」


赤くなった目を細めて僕に笑いかけた彼女は、リュックから紙とペンを取り出した。


僕は、彼女がそこに書いていく数直線をじっと覗き込む。
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