例えば今日、世界から春が消えても。
そして、9年前のあの日を境に、僕達には不思議な現象が起こったんだ。


それは、

『春に関連する行事の言葉を聞いても、桜を初めとする春の花の名前を聞いても、何の感情も抱かなくなってしまった』

というもの。


これは老若男女問わずに見られた症状で、つい数年前まで抱いていた“綺麗”だとか“美しい”だとか、まるで特定の感情が凍結されたみたいで。


それに、“桜”と言われて大多数の人が思い出すのは、9年前のあの悲惨な光景。



にわかには信じられないこんな出来事があったから、僕達が先程エマが見せてくれた桜に興味を示さない…否、示せないのも、ごく当たり前の反応だった。




「桜がどんなだったとか、4月に梅雨がないとか、今じゃ想像出来ないもんな」


サッカーボールを抱き枕の様に抱いている大和が、再度欠伸をしながらそんな台詞を零す。


眠いなら、話さないで寝ればいいのに。

そんな事を考えてしまったけれど、言葉には出さなかった。



すると、


「着席して下さい。HRを始めます」


新学期が始まってから数日顔を合わせたばかりの担任が、ガラガラと教室のドアを開けて入って来た。


しかもその後ろには、新調したばかりの制服を身に付けた小柄な女子を引き連れて。


「もうそんな時間?フユちゃん、じゃあね」
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