例えば今日、世界から春が消えても。
スマホを見ていたエマは壁掛け時計と担任、そして僕達へと目線を目まぐるしく動かし、ヤマちゃんこと大和の首根っこを引っ掴んで元の席へ戻って行った。


「誰あの子、転入生?」

「小柄で可愛いな」


それと同時に、女子に目がない卑劣な男共が小声で囁きあっているのが耳に入る。


でも僕は、エマが掛けてくれた言葉にも男子達の囁きにも何の反応も示さず、ただ机に頬杖を付いて窓の外を眺めた。



天が流したあの雨粒の1つとなり、そのまま地面に落下して死ねたらどれ程楽だろうか、と考えながら。



「では、HRの前に転入生を紹介します。では、簡単な自己紹介をお願いします」


そんな事を考えているうちに、先生が勝手に話を始めてしまっていたらしく。


僕の目は、窓に映る担任とその隣に立つ少女に焦点を合わせた。



「初めまして、飯野 さくら(いいの さくら)です。親の仕事の都合で引っ越してきました。これからよろしくお願いします」


先生の顔1つ分以上は背の低い彼女の口が動き、高く滑らかな声が鼓膜を震わせる。


その口調はおっとりとしていて、彼女は、窓越しに見える大きな二重の瞳を細めてクラスメイトに笑いかけていた。


でも。


「え、さくら…?」

「名前、あれだよね?」


先程まで小柄で可愛いだのと感想を漏らしていた男達は、一斉に手の平を返してある事を囁き始めた。
< 8 / 231 >

この作品をシェア

pagetop