例えば今日、世界から春が消えても。
「傷跡は、頑張った証なんだよ。私の事担当してくれた看護師さんは、冬真君のこれみたいに長い傷跡を“名誉の勲章”って言って褒めてたの。痛みに負けずに、よく頑張ったねって」


震え続ける右腕に入っていた力が、みるみるうちに抜けていく。


痙攣が止まった事に驚いた僕が顔を上げると、瞳の奥が光っているさくらと目が合った。


彼女は僕を安心させるように微笑むと、


「大丈夫。私、痛みが飛んでくおまじない知ってるから、やってあげるね」


と言い、ゆっくりと目線を下げた。



「…ちちんぷいぷい、痛いの痛いの飛んで行けー。向かいのお山に飛んで行けー」


そっとそっと、脆くて壊れやすい何かを触っているかのように、さくらは優しく僕の傷跡を撫でていく。


すると。


「えっ…?」


彼女の言葉に呼応するかのように、腕の傷が持っていた痛みが、嘘のようにすーっと引いていったんだ。


こんな事は初めてで、まるで魔法が起こったみたいで。


意味ありげな笑みを浮かべた彼女は、静かな声でそのおまじないを繰り返す。


「痛くなーい、痛くなーい。ほら全然痛くなーい。あれ?何か痛くないじゃん。何これ、治った?嘘、元気になっちゃったんですけど!」


途中から意味の分からない1人芝居を始めたさくらは、やっぱりユーモアに溢れていて面白くて。

でも僕は、そんな彼女を利用しようとしたんだ。
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