例えば今日、世界から春が消えても。
5歳のあの日の事、春と桜が大好きだった両親の事。

春に対する感情の全てが消え失せた今、両親が見たものと同じ景色を見て、同じ感情を抱いてみたいと願っている事。

叔母の家に引き取られた今、家族とは思えない扱いを受けている事。

ずっとずっと、両親と同じ世界に行きたいと思い続けていた事。


多分僕は、ずっと誰かに自分の過去を聞いて欲しかったのだと思う。


エマや大和が強制的に口を割らせたような手段ではなく、自分の口から自主的に。



「それで、…さくらから提案を受けた時、嬉しかったんだ。自分の存在意義が見つけられた気がして」


僕の長い長い昔話が終盤に近付いた頃、さくらは既に涙を拭っていた。


食べかけの昼食は、もう既に冷えきってしまったと思う。


「でも、それって、僕がさくらを利用してるみたいで…。実際、春は戻ってきて欲しいと思ってるけど、さくらが死ぬのは嫌だし、」


嫌だ、と言葉にした瞬間、僕の視界が霞んだ。


自分の感情の整理がつかず、慌てて涙を拭いながら、僕は心の中で独りごちる。


以前、僕は彼女が死んでも何とも思わないと思っていた。


でも、こうして仲を深めて偽のカップルとしてデートまでした今、彼女の存在は僕の中に収まらないくらいに大きなものになっているんだ。
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