例えば今日、世界から春が消えても。
それらは全て異口同音。


「さくらって、“あの”さくらだよね?」


誰かの小声が、やたらと大きく僕の鼓膜を震わせた。



…こうなるのも無理はないよな、と、完全に部外者ぶりながら、僕も心の中で彼らに同意する。


確かに、彼女の名前は女性らしくて素敵だと思う。


でも、それが通用したのは9年前まで。


現在、女性に多い“春”や“桜”を連想させる様な名前は、キラキラネームと同様の違和感を持って僕達に認識される。


だから、春が消えてから今に至るまで、その様な名を付けてもらった人達が一斉に改名を依頼するという事案が多く発生したんだ。


もちろん、この状況下で改名しなかった人も多くおり、彼らには“社会不適合者”のレッテルと“社会に流されない強い人”という、2つの好奇の目が向けられた。


僕は断然後者だけれど、今の社会の風潮では前者の考えを持つ人が圧倒的に多いはず。



「えー、飯野さんの席は窓側の1番後ろの席です。和田君、隣飯野さんだからよろしくね」


そんな事を考えていると、いきなり先生に名前を呼ばれた。


「え?」


慌てて顔を上げると、周囲からくすくす笑いが起こる。


「隣、飯野さんだから」


そこで初めて右隣を見ると、そこには昨日までは無かった1人分の机と椅子が置かれていた。
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