夜と遊ぶ




「一枝さん。本当は一夜はなんて言ったんですか?」


「ん?何が?」


「多分。その伝言どうのって話迄、嘘じゃないでしょ?」


そう訊くと、やはりそうなのか、一枝さんはちょっと困ったように口を開いた。


「"ないかな?"って」


「え?」


「いっちゃん、真湖ちゃんに伝えて欲しい事は何もないって」


そうか。


一夜は、私に伝えたい事はなかったのか。


「なんで、笑ってるの?」


私が笑っているのが変だったのか、一枝さんは首を傾げている。


「だって、一夜と付き合ってる時。
毎日私達は一緒に居て。
一夜は、ずーとずーと私を好きだって言ってくれていて。
本当に、こちらが戸惑うくらい私の事を愛してくれて。
だから、もう、ないだろうな、って」

本当に、一夜と一緒に居た時間に、
彼から貰った愛は満ち溢れていた。


「それに、好きだとかそんな言葉は、誰かに伝言して貰うものじゃないから」


直接、一夜が伝えてくれるから、
"好き"も"可愛い"も意味を持つ。


「そうなんだ。
なるほどねぇ」


一枝さんは、納得したように笑っている。



ポツリ、ポツリ、と雨が降り出して。


それは、段々と強くなる。


「予報では、まだ降らないはずなのに」


一枝さんは、空を仰いでいて。


顔に、雨が降り注ぐ。


その横顔を見ていたけど、一枝さんの頬に伝うそれは、雨ではないだろう。


私も、空を仰いだ。


顔に、冷たい雨が落ちて来る。


雨と一緒に、私の涙が流れた。


この空を見ていると、私と一枝さんだけじゃなくて、
一夜も泣いているように思えた。


喜んでるのか、悲しんでいるのかは分からないけど。



(終わり)
< 188 / 215 >

この作品をシェア

pagetop