復讐日記【自滅編】
虚飾
 Eは子どもの頃から大人の顔色を窺うことがうまく、ずる賢く立ち振る舞っては周囲に気に入られて来た。両親、親戚、同級生、その親たち、近所の大人etc...
 父は地方都市の大企業の重役で母は専業主婦、姉は美人で秀才で、有名私立大学卒業後CAになった。勿論結婚相手はパイロットだ。E自身は現在大学生。2浪して東京六大学の1つに入った。元々ハンサムで運動神経も良く、周囲の空気を読んで自分を良く見せることに長けていたので、女子からは相当モテた。男子からは胡散臭く思われているようだが、そんなのは僻みでしかない。
 大学を卒業し、地元の地方銀行に就職した。東京に残らなかったのは、自分を知る周囲の人間が多ければ多いほど気分の良いことが多いと考えたからだ。東京では埋もれてしまう。
 結婚相手は高校の同級生だ。美人で東京の有名私立大学を卒業し、同じ銀行に就職した。職場結婚をし、彼女は寿退社した。絵に描いたようなエリート生活だ。後は子どもが生まれればそれこそ理想的な家庭を築ける。
 と、思っていた。

 Eは小中高と陰ではいじめっ子のリーダーだった。どういうわけかコバンザメのようについて来る下っ端が必ず居た。自分が命じたわけではない。Eと居るとおこぼれに与れると考えるあさはかな奴等のおかげで、Eは自ら手を下さなくとも思う存分いじめが出来たのだ。
 勉強ばかりし、部活では活躍を続け、いい男、モテる男で居続けるために積もり積もるストレスは、いじめで充分に解消出来た。教師達も周りの大人も誰も気付かない。女子には優しくした。女なんて濡れ手に粟状態だ。

 地元に帰って1つ誤算があるとすれば、Eがいじめた同級生達も地元ではそれなりの名士となっていたことだ。そいつらにはEの作られた人望は通用しない。取り引きが上手く行かないのはそいつらが邪魔をするからだ。裏から手を回そうにも裏の裏をかかれてしまう。
 子どもは2人、無事に産まれたが、自分がして来たことがまさか子どもに降りかかってはいないかと心配でならない。妻には子どもの学校生活をよく見張らせていた。ちょっとでも子どもの様子がおかしいことがあったら、すぐに担任に連絡させた。美しく人当りの良い妻の言動は誰からも正当に評価され、小中高ではPTA会長を務めた。
 完璧な自分、完璧な妻、完璧な子ども達…優秀な子ども達は自立し、家を離れた。Eは今、定年を迎えるに至った。ふと妻の顔を見た。自分と同じく年老いた妻の顔。こんなにくたびれた女だったか? 自分はこんなくたびれた女と40年連れ添ったのか。
 これは自分の人生の唯一の汚点だ。自分の人生は最後まで華々しくなくてはならない。妻には居なくなってもらえないだろうか。
 早速実行に移した。妻と2人でドライブをした。平日の朝早く出掛け、山奥の自分名義の別荘へ。父亡き後、Eが相続した。子ども達は夏と冬に利用する。今は梅雨時なので誰も行かない。
 妻が風呂に入っている間にEは昼食を用意した。トリカブトを混ぜたサラダを作った。自分は先に食べたと伝える。妻が死んだのを見届けたら独りで家に戻ろう。警察には妻が帰って来ないとでも届け出れば良いか…。

 Eはほどなく捕まった。
 まず、Eの妻の日記が発見され、その中に「自分が死んだら夫を疑え」ということが書かれていたのだ。
 妻は夫にとっては自分が邪魔者で、いつか排除されるのではと気付いていた。なにごとも理想通りに進めたがる夫。子ども達も自由に育てられなかった。夫と似た性格で、見栄を張るばかり。妻である自分も、外見を美しく居続けることで足並みを揃えて来たが、夫が定年を迎えたところで気力が萎えた。若ぶってはいるが禿げ上がってなんの魅力も無い夫、定年離婚を考えていたところだった。
 自分にとって理想的な人生を描いていたEだったが、周囲の人々のためにと考えて行動したことは一度も無かった。
 終盤を迎えるこの時に道を誤ってしまったが、それが自分1人の人生だけではなく、取り巻く様々な人々の人生をも狂わせたことを、Eは未だに気付いていない。そして、子どもの頃からの行いのせいで、誰からも信頼されず友人が居ないEは、刑期を終え出所したとしても、助ける者は誰もいない。
 虚飾の人生は往々にしてひび割れて錆びついて終わるものだ。
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