恋と、餃子と、年下男子
ーーーーー圭人sideーーーーー
数日前。
「——はい、圭人です。父さん」
電話の相手は父、朝比奈慶一だった。父は株式会社アクロス・テーブル、つまり萌子さんが勤める会社の社長だ。僕は自分の誕生日である九月一日に、父の会社に専務取締役として就任することが決まっている。
「お前、帰国してから一体何処にいたんだ? 山田の家にもまだ顔を出してないそうじゃないか」
山田は亡くなった母の実家で、僕が中学に上がるまで世話になっていた。祖父母は今も健在だ。朝比奈という苗字は目立つので、これまで山田姓で過ごしてきた。
「ごめん、ちょっとね」
「全く。それはそうと、うちで働く覚悟は決まったのか? お前、渋ってたろう?」
僕は苦笑する。
確かに、一ヶ月前までは渋っていた。親の会社で働くことも、キャリアの無い自分が役職に就くことにも、葛藤していた。MBAを持っていようが関係なかった。
でも一ヶ月前のあの日、萌子さんに出会った。
初めは興味本位だった。挨拶の為、たまたま訪れたアクロス・テーブル近くのカフェで、言い合いをしているカップルに遭遇した。二人とも、アクロス・テーブルの社章を身に付けていた。男性は終始態度が悪く、女性は散々責められた挙句フラれたようで、何となく気になって後をつけてしまった。
夜の公園で、彼女は酔っ払って僕に絡んできた。最初はその姿を見て笑っていたのに、彼女の涙を見た瞬間、僕は咄嗟に彼女を抱きしめていた。泣きながら僕を掴んだ頼りない腕が、たまらなかった。「そばにいて守らなきゃ」と思った。そんなことを思ったのは、あの時が初めてだ。
その後は彼女の家に転がりこんで、甲斐甲斐しく世話を焼いた。警戒されないように、あくまでも純粋な年下男子を演じたのだ。もちろん、彼女にはまだ一切手を出していない。
萌子さんが何故、異動になったのかも調べた。以前の勤務態度も、評価も、役員の力を使って調べ上げた。その結果、萌子さんには何の非も無いことがわかった。いや、そんなことをコソコソ調べなくたって、仕事に打ち込む萌子さんを毎日見ていればわかる。萌子さんは、うちの会社にとって必要な人だ。そして、僕にとっても。
「父さん、僕やってみるよ。不安はあるけど」
「ああ。お前はお前のやり方で仕事をすればいい。私のことはあまり気にするな」
「はい。それと父さん、一つだけ、お願いがあるんですけど」
「何だ、あらたまって」
「社長賞、認めてもらえないかな。冷凍餃子チームの」
「知ってるのか。だがその件は営業部の社員から陳情があって——」
「女性社員が未成年を家に連れ込んだって話?」
「ああ」
さすが飯島貴之、行動が素早い。きっと僕と鉢合わせた後で、総務に電話でもしたのだろう。
「それさ、あの……僕なんだよね。僕が、彼女の家に転がり込んだんだ。えへ」
受話器の向こうで呆れる父の気配がする。
「……お前なあ!」
「ごめんなさい、でも僕、本気なんだ——彼女のこと」
それから僕は、彼女がいかに仕事に対して常に一生懸命であるかを父に力説したのだった。そもそも父は初めから飯島貴之の陳情など信用しておらず、商品開発部の渡辺課長や広報課の梅澤梨紗さんの話もあって、社長賞の表彰は予定通り執り行うということだった。
数日前。
「——はい、圭人です。父さん」
電話の相手は父、朝比奈慶一だった。父は株式会社アクロス・テーブル、つまり萌子さんが勤める会社の社長だ。僕は自分の誕生日である九月一日に、父の会社に専務取締役として就任することが決まっている。
「お前、帰国してから一体何処にいたんだ? 山田の家にもまだ顔を出してないそうじゃないか」
山田は亡くなった母の実家で、僕が中学に上がるまで世話になっていた。祖父母は今も健在だ。朝比奈という苗字は目立つので、これまで山田姓で過ごしてきた。
「ごめん、ちょっとね」
「全く。それはそうと、うちで働く覚悟は決まったのか? お前、渋ってたろう?」
僕は苦笑する。
確かに、一ヶ月前までは渋っていた。親の会社で働くことも、キャリアの無い自分が役職に就くことにも、葛藤していた。MBAを持っていようが関係なかった。
でも一ヶ月前のあの日、萌子さんに出会った。
初めは興味本位だった。挨拶の為、たまたま訪れたアクロス・テーブル近くのカフェで、言い合いをしているカップルに遭遇した。二人とも、アクロス・テーブルの社章を身に付けていた。男性は終始態度が悪く、女性は散々責められた挙句フラれたようで、何となく気になって後をつけてしまった。
夜の公園で、彼女は酔っ払って僕に絡んできた。最初はその姿を見て笑っていたのに、彼女の涙を見た瞬間、僕は咄嗟に彼女を抱きしめていた。泣きながら僕を掴んだ頼りない腕が、たまらなかった。「そばにいて守らなきゃ」と思った。そんなことを思ったのは、あの時が初めてだ。
その後は彼女の家に転がりこんで、甲斐甲斐しく世話を焼いた。警戒されないように、あくまでも純粋な年下男子を演じたのだ。もちろん、彼女にはまだ一切手を出していない。
萌子さんが何故、異動になったのかも調べた。以前の勤務態度も、評価も、役員の力を使って調べ上げた。その結果、萌子さんには何の非も無いことがわかった。いや、そんなことをコソコソ調べなくたって、仕事に打ち込む萌子さんを毎日見ていればわかる。萌子さんは、うちの会社にとって必要な人だ。そして、僕にとっても。
「父さん、僕やってみるよ。不安はあるけど」
「ああ。お前はお前のやり方で仕事をすればいい。私のことはあまり気にするな」
「はい。それと父さん、一つだけ、お願いがあるんですけど」
「何だ、あらたまって」
「社長賞、認めてもらえないかな。冷凍餃子チームの」
「知ってるのか。だがその件は営業部の社員から陳情があって——」
「女性社員が未成年を家に連れ込んだって話?」
「ああ」
さすが飯島貴之、行動が素早い。きっと僕と鉢合わせた後で、総務に電話でもしたのだろう。
「それさ、あの……僕なんだよね。僕が、彼女の家に転がり込んだんだ。えへ」
受話器の向こうで呆れる父の気配がする。
「……お前なあ!」
「ごめんなさい、でも僕、本気なんだ——彼女のこと」
それから僕は、彼女がいかに仕事に対して常に一生懸命であるかを父に力説したのだった。そもそも父は初めから飯島貴之の陳情など信用しておらず、商品開発部の渡辺課長や広報課の梅澤梨紗さんの話もあって、社長賞の表彰は予定通り執り行うということだった。