恋をするのに理由はいらない
 澪を自分の家に連れてくるのは初めてだ。別に嫌だったわけじゃなく、特に必要じゃなかったからだ。

「ただいま」

 玄関に入ると無意識に言う。後ろからは「お邪魔……します……」とおずおずとした声が聞こえた。

「悪りぃな、すでに喧しくて」

 一番奥のリビングにいる弟たちの騒ぐ声は、閉めている扉さえ突き抜けてここまで聞こえてくる。

「ケンカ……じゃないよね」

 こんな騒々しさに慣れないのか、澪は不安そうに俺を見た。確かに、声だけ聞けば『くそっ!』とか『仕返ししてやるからな!』と小学生のような叫び声。それもほぼ颯太の、が聞こえてくるからそう思うのも無理はない。

「違うって。みりゃわかる」

 含み笑いをしながら廊下を進み扉を開けると、テレビの前のソファに並ぶ颯太と実樹の白熱した声と、テレビからBGMが爆音となって聞こえきた。

「おいっ! だから実樹っ! ちょ、待てって!」
「そんなこと言われても待てないよ」

 必死でコントローラーを操作する颯太に、実樹は涼しげに返しながら丁寧にコントローラーを操作している。勝敗はつき、画面にKOと表示されると、がっくり項垂れたのは颯太だった。

「くそっ。また俺の負けかよ……」
「ふう兄は力任せに押しすぎじゃない?」

 背を向けている2人は、俺たちがいることに気づいてないようだ。

「実樹の言う通りだな」

 俺が笑いながら声をかけると、2人は同時に振り向いた。

「兄貴!」
「いち兄!」

 そして、ポカンと口を開けたままの澪を見て、2人はまた叫んだ。

「お嬢⁈」
「って、まさかいち兄の彼女さん?」

 押され気味の澪は圧倒されたまま、「あっ、と。お邪魔してます」と答えていた。
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