恋をするのに理由はいらない
 あと少しで日付けも変わろうとしている8月終わりの夜。
 少し外を歩いただけでじっとりと汗が滲むなか、手を繋いで澪の家に向かっていた。

「楽しかったぁ~!」

 そう言いながら歩く澪の足取りはかなりフラフラしている。気がつけば相当飲んでいたようだ。
 うちの冷蔵庫に入っているのはほぼ飲み物のうえ、その9割がアルコール。渋々颯太が取ったピザを肴に、またゲームをしながら4人で呑んだ。
 さすがに今度は澪でもできそうなものに変え、ワーワー言いながら遊んでいたらこんな時間になっていた。

「大丈夫か? 転ぶなよ?」
「ん~?」

 俺の手を引っ張るように歩く澪は、千鳥足のまま振り返った。その顔は、ほんのり紅く染まった頰を緩め、ニコニコと笑っていた。
 ここまで酔っている澪を見るのは初めてかも知れない。温泉に行ったときもこんな感じだったが、あれはどちらかと言えば寝ぼけていた。だが、今日は完全に酔っ払いだ。

「着いたぞ。もうちょっとだけちゃんと歩いてくれよ?」

 なんとか辿り着いたマンションのエントランスの自動扉に向かいながら言うと、澪は「歩いてるよぉ~」と間の抜けた返事をした。

 マジで可愛い……。けどこれ、家に帰り着いたら速攻寝落ちか?

 気を許した相手にしか見せないだろうその姿に、つい口元を緩めてしまう。しっかりした姉御肌に見えて、実は澪は甘えたがりなんだと思う。でもそれを知っているものは少ないはずだ。

 ニヤニヤしたままエントランスを抜けエレベーターホールに進むと、ちょうど1基降りて来て、その扉の向こうから人影が現れた。
 その相手は俺たちを見て、一瞬驚いたようだが、すぐにいつもの無表情に戻っていた。
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