恋をするのに理由はいらない
 最近、呼びかたが変わった一矢のことをそんなふうに呼びながら、戸田さんは明るく笑っていた。

 私がそこまで話し終わると、一矢は茶碗を置いて溜め息を吐いた。

「今思い返せば、思いあたるふしはある。萌との打ち合わせは、ぜってー2人きりにさせないよう仕組まれてるし」
「そうなの?」
「お前との時は小ミーティングルーム使ってたのに、今は酷けりゃトレーニングルームで保護者(コブ)付きだぞ? いくらなんでもおかしいだろ」
「…………。はい?」

 いつも飄々とした姿からかけ離れていたから、嫉妬してるところなんて想像もできなかった。けど、一矢が私と付き合っていることを知っていてもそうしてしまうくらい独占欲は強いみたいだ。

「それにしても……。両想いなのに……」

 人に口を出すなんて野暮だと思う。でも、可愛い後輩と、尊敬するトレーナーの恋がうまくいけばいいのに、と願ってしまう。

「戸田さん、言わないつもりなんだろ? もしかしたら、匡樹の言ってた話が関係するのかもな」

 同じ年の常務とは今では名前で呼び合う仲になったらしい。その名を出して一矢は続けた。

「戸田さん。師事したいトレーナーが海外にいるらしいんだよ。そのうちソレイユ辞めて海外に行くかもって」

 ソレイユの専属トレーナーだけど、戸田さんはそれだけじゃ収まらない気はしていた。もっと、ずっと上を見ている。そんな感じはしていたから。

「そっか……。気軽に一緒に、なんて言えないもんね……」
「ま、なるようにしかならねぇよ。それより澪。お前は自分のこと考えろよ? あと1人顧客見つけたら、いよいよ本丸に乗り込むからな?」

 ニカっと笑う一矢に、「本丸って……」と返しながら、私は力なく笑った。
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