恋をするのに理由はいらない
 思えば、父は厳格そうに見えて、どちらかと言えば寛大だった。
 私のすることに口を挟むこともなく、好きなようにさせてくれた。私はそれを、忙しいから自分にはあまり興味ないのかな、くらいにしか思っていなかった。
 元々感情がそう豊かなわけでもなく、知らない人には創と親子に見えるほど無口。母とはお見合い結婚だと聞いていたけど、母が明るくお喋りで懐の深い人だからか、うまくいっていたと思う。
 けれど、父は今まで近すぎず遠すぎず私を見守ってくれていた。忙しい最中にこっそりと試合を見に来て何も言わず会場をあとにすることもあったらしい。
 そして気がついた。父は不器用で、娘にどう接していいのかわからなかっただけなんだと。

「……よく頑張ったな、澪」

 顔を上げて目を細めると、父は滅多に見せない穏やかな笑みを浮かべた。

「ありがとう……ございます……」

 これまで愛情を感じなかったわけじゃない。でも今、これまでにないくらいの深い愛情を感じてしまった。

「よかったな……」

 宥めるように背中を摩りながら、一矢は私にハンカチを差し出す。私の目からは次々と涙が零れ落ちていたから。

「一矢君」

 父は静かに呼びかけ、一矢と一緒に私も顔を上げた。

「これからも、澪のことを見守ってやってくれ。場所が変わっても、ずっと彼女が輝いていられるように」

 一矢はグッと息を飲み、そして言った。

「もちろんです。澪さんが輝きを失わないよう、俺はサポートし続けます」

 力強い一矢の答えに、父は満足そうに頷くと立ち上がった。

「さぁ、君たち。夕食は食べていくだろう? 母さんが張り切って用意してくれている」

 その顔は、とても晴れ晴れとしていて、私は父に認められた嬉しさを噛み締めていた。
< 152 / 170 >

この作品をシェア

pagetop