破れた恋に、火をつけて。〜元彼とライバルな氷の騎士が「誰よりも、貴女のことを愛している」と傷心の私に付け込んでくる〜
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 久しぶりに出席する城での夜会に向かう馬車の窓から見える景色は、夕暮れを終えて薄紫に染まってきた。今私の着ているドレスの紫色に、なんだか似ているのかもしれない。鮮烈な赤を押し退けて、薄闇を溶かし染めるような徐々に色合いを変えていく紫。

 透明な窓に映る浮かない顔は、やっぱり人目が気になってしまうから。意気地のない弱虫だと言われようが、私は未来の王妃が言うようには、すぐに感情を割り切れない。

 お父様譲りの亜麻色の髪は念入りに結い上げられ、主催者のパートナーだから絶対に準備で多忙なはずなのに、ラウィーニアは先程うじうじ病を患う従姉妹を心配して最終の点検に来ていた。仕事が出来る女は、本当に違う。

 男女の仲の色恋話なんてありふれていて、もしこれが他人事ならば私だって結末はどうなるのかと楽しめたはず。

 二人の美男の騎士が、恋の鞘当て。なんだか、本当に流行りの恋愛小説の中に居るみたいだ。まさかの主人公は、自分。こんな事になるなんて、あの庭園での出来事まで想像もしていなかったけれど。

 甘い期待と黒い不安が入り混じって、綺麗なドレスに包まれている私の中はどろどろでぐちゃぐちゃだった。

 氷の騎士ランスロットが一体何を考えているのか、やっと今夜彼の口から聞くことが出来る。

 でも、人は嘘もつけるし、騙し陥れることもある。権力争いに鎬を削る貴族社会には、そんな話はそこここに転がっているんだから。

 世の人が初恋をやたらと尊ぶ理由が、今ではなんとなくわかる気がする。だって、初めての恋は、ただただ浮かれて付き合っている恋人をひたむきに好きなだけで。それだけで、良かった。

 でも、これからはきっと違う。

 誰かと付き合って、どんなにその人から愛されていると言葉や態度で示されようが。この恋はいつか終わるかもしれないと、心のどこかでどうしても怯えてしまう。

 だって、私はもう……一度終わりを迎えた恋を、知ってしまっているから。


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