破れた恋に、火をつけて。〜元彼とライバルな氷の騎士が「誰よりも、貴女のことを愛している」と傷心の私に付け込んでくる〜

 そうしたら、私は泣くだろう。

 さっき別れたばかりの彼を想って、涙が枯れるまで泣いてしまうはず。部屋に戻って。一人になったら、きっと……。

 出来るなら、時間を戻したい。

 どの瞬間に? そう聞かれれば困るけれど、願わくば、クレメントの心が私から離れてしまう前に戻りたい。

「あの」

 それは何かを躊躇うような声だった。私が座っている長椅子の反対側の端に腰掛けた彼が、意を決したかのようにこちらに向かって声をかけて来た。

 私は、無礼だとは理解しつつも黙ったままで動かない。

 彼といつも火花を散らしているという元恋人クレメントに関する嫌味だったとしても、こちらに反応がなければ何も面白くないと思う。それさえ理解して貰えれば、この彼はきっとすぐに諦めるはず。

「ディアーヌ・ハクスリー伯爵令嬢。私は、ランスロット・グラディスです。貴女は……もしかしたら知らないかもしれませんが。この城で騎士として、働いていて。決して、怪しい者では、ありません」

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