【コミカライズ決定】王太子妃候補クララの恋愛事情~政略結婚なんてお断りします~
「饗宴における主役は、なんといっても食事だよね」


 ヨハネスはニコリと微笑みながら、金色に光る扇で口元を覆い隠した。遠い異国からの伝来ものだろうか。風変わりな素材が用いられている。

 執務室の様子も、カールとは打って変わって豪奢だ。家具も照明も、壁紙に至るまで、贅を凝らしているのが窺える。


「ですから、その……」

「当然、食事の手配は私たちが行いますわ」


 ピシャリとそう言い放ったのはレイチェルだった。彼女が動くたびに漂う強めの花の香りに、クララは顔を顰める。


(お料理に香りが移ってしまいそう……)


 とはいえここは、グッと言葉を呑み込む。どうせ食事の準備をするのは、彼女自身ではないのだ。伝えたところでそう反論されて終わりだろう。


「けれど、殿下はとても素晴らしいバイオリンの名手とお聞きしました。楽団の皆さまとの親交も深いとか。殿下が舞台の演出をなさったら、絶対に素晴らしい宴になると思うのです」


 クララは微笑みながら、用意しておいた殺し文句を述べる。事前にコーエンから仕込まれた上目づかいも忘れてはいない。クララの心臓が緊張でドキドキと鳴った。


「フリードの奴、本当に君のことを手懐けてるんだなぁ」


 クックッと楽し気に喉を鳴らしながら、ヨハネスは笑う。そして、クララの手をそっと握りながら、目を細めた。


「言いたいことは分かるよ。だけどごめんね。答えはノーだ」


 頭の中でガーーンと何かが割れるような音が鳴り響く。残酷な笑みがクララの心に突き刺さった。


「これはね、僕が王太子になれるまたとないチャンスなんだ。他の課題がどんなものになるか分からない以上、これを逃すわけにはいかない」


 答えはある程度予想できていたものの、やはりショックは大きい。


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