夢の中だけでもいいから私に愛を囁いて

4月になるとシアトルにある支社から新しい部長が着任されるということになり、現部長の片付けを手伝っていた。

「部長。もう、机の中の私物くらい自分で片付けてください」

「まあまあ、乃愛ちゃん。そう言わずに手伝ってよ。ほら、僕は忙しいからね」

そういう部長はニコニコしながら、席を立ちどこかへ歩いて行ってしまう。

「ふうー。もう逃げて行っちゃった…仕方がないな」

来年度から副社長になる人だし、次期社長と言われている彼は確かに忙しいのだろうと想像できる。

社長の息子で次期社長ということを鼻にかけることもなく、誰に対してもフランクに接し、また真摯に働く姿を見ている社員で彼を悪くいう人はいない。

一昨年、新入社員としてここ経営総務部に配属されて慣れない毎日に疲れ悩んでいた時に気に掛けてくれた。

管理職だから当たり前なのかもと思っていたけれど、部下を良く見て的確に指示を出してくれる上司だった。

きっと誰もが彼のように出来る訳ではないと思う。

いろいろお世話になった素敵な上司だから、私に出来る最善のことをして送り出したいと考え、ダンボール箱に引き出しの書類を詰めていった。
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