聖女といえど六度の死亡エンドはうんざり。だから七回目は生き残った上で人生も恋も謳歌する予定です。追伸 暗殺者を憑依させましたので関係者はそのつもりでいて下さい
死闘の記憶
ここまで激しい応酬をしあったのは、わたしがわたし自身の体であったときに一度しかない。
戦うようなケースは、同業者であろうとそれ以外であろうと、たいていは自分自身の体を餌にして相手を誘いこみ、殺してしまう。つまり、ほとんどケースが相手を圧倒して一方的にその命を奪ってしまう。
ここまでの激闘は、そうそうあるものじゃない。
わたし自身の前世で、体力の限界までやり合うようなことは一度しかなかった。
だけど、いまは自分の体じゃない。アヤの体である。いくら鍛錬を重ねてきたからといっても、そもそもの体のつくりが違っている。
体力と精神力が限界に達するのは、わたし自身の体よりずっとはやいはずである。
そして、すでにそれを感じている。
だけど、ここまでやってきて殺されるのは、プライドが許さない。
もちろん、聖女としてのプライドではない。元暗殺者としてのプライドある。
じょじょにおされはじめた。
というのは、限界に近いと思わせるようおされはじめたふりをしている。崖に追いつめてもらいたい。だから出来るだけ苦しそうなふりをしつつ、攻撃も防御もおさえた。
少しでも早く、この戦いに終止符を打たなければならない。
というわけで、思い切った手段に出ることにした。
崖の方へとジリジリ下がりながら、そうとは気づかれぬようおされているふりをしている。
攻撃するのを抑えれば、その分力を温存することも出来る。
マリオが気がつきませんように……。
そう願わずにはいられない。
ナイフがぶつかり合って火花を散らし、蹴りや拳が体や頭や手足をかする。
蹴りや拳を繰りだしている内に、不思議と相手に対して愛着がわいてきた。
戦っている時間はそう長くはない。それこそ、寝台で肌と肌を合わせ、重ねるのと同じようなひとときである。
だけど、命のやり取りをしているこちらの方が、寝台での行為よりも、よほど濃密なときをすごすことが出来る。
それこそ、数えきれないほどの回数ぶつかり合っている。たったいまも、ナイフの刃どうしが火花を散らすほど激しくぶつかり合い、そのまま力比べに入った。
刃と刃が悲鳴を上げている。ぶつかり重なり合う刃は、まるで寝台での男女の行為そのものである。
マリオの息遣いを、闘志を、すぐ間近に感じる。それもそのはず。彼の顔は、口づけできるほど近いのだから。
ぶつかり合いながら、目と目で牽制しあう。
そのとき、全身に衝撃のようなものが走った。それは、唐突であった。
なんてことなの……。
どうして忘れていたの?思い出せなかったの?
その衝撃の強さに、力が抜けそうになった。それを、かろうじて気力を振り絞って持ちこたえた。
この男を知っている。
この暗殺者を知っているのである。
この暗殺者と、前世で会った。
この暗殺者と、前世でやり合った。
そうよ、そうだわ。
この暗殺者の美形に傷をつけたのはわたし。わたしが、彼の右頬をナイフで斬り裂いたのだ。
この暗殺者と死力を尽くして戦い、かろうじて殺されずに済んだ。
だけど、わたしはその死闘の直後に捕まったのである。
そのとき、わたしには逃げたり抵抗したりする体力は残っていなかった。
なんてこと……。
ある意味、運命的な何かを感じずにはいられない。
わたしが衝撃を受けたことや動揺など、彼には関係のないことである。あいかわらず激しく攻撃してくる。
すっかり忘れ去っていた記憶の一端が現れると、あとはどんどん記憶が、よみがえってくる。
前回戦ったときの彼の癖、攻撃パターン。いまでははっきりと思い出すことが出来た。
その記憶に従い、防御に徹する。
そして、さらに追いつめられてゆく。
ついに崖っぷちに追いつめられた。轟音だった川の流れの音が、いまは爆音になっている。
さっと視線を後ろ下方へと走らせた。
小説に出てくるような高所ではない。なんでもないときなら、飛び降りても充分助かる。だけど、いまは違う。高さ的には問題ないけれど、いまの川の大激流にのみこまれれば、なす術もなく溺れ死んでしまう。
それから、あらためて自分が崖っぷちに追いつめられ、もう後がないことに気がついたふりをした。
彼の動きが止まった。彼はバック転で距離を置き、わたしと対峙した。
これまでのような笑みはない。それどころか、その瞳は、わたしに対して敬意を表しているような色を帯びている。それが、月明かりの下でよくわかる。
これが最後の攻撃ね。
「戦えてよかったよ、聖女様」
彼が言って来た。勝ち誇ったような言い方ではない。やはり、敬意を表しているような声音だった。
彼が神速で間を詰め、ナイフを繰り出してきた。
崖を背にし、絶望に打ちひしがれているふりをしている。
そう。わたしは、彼のこの最後の攻撃を待っていたのである。
戦うようなケースは、同業者であろうとそれ以外であろうと、たいていは自分自身の体を餌にして相手を誘いこみ、殺してしまう。つまり、ほとんどケースが相手を圧倒して一方的にその命を奪ってしまう。
ここまでの激闘は、そうそうあるものじゃない。
わたし自身の前世で、体力の限界までやり合うようなことは一度しかなかった。
だけど、いまは自分の体じゃない。アヤの体である。いくら鍛錬を重ねてきたからといっても、そもそもの体のつくりが違っている。
体力と精神力が限界に達するのは、わたし自身の体よりずっとはやいはずである。
そして、すでにそれを感じている。
だけど、ここまでやってきて殺されるのは、プライドが許さない。
もちろん、聖女としてのプライドではない。元暗殺者としてのプライドある。
じょじょにおされはじめた。
というのは、限界に近いと思わせるようおされはじめたふりをしている。崖に追いつめてもらいたい。だから出来るだけ苦しそうなふりをしつつ、攻撃も防御もおさえた。
少しでも早く、この戦いに終止符を打たなければならない。
というわけで、思い切った手段に出ることにした。
崖の方へとジリジリ下がりながら、そうとは気づかれぬようおされているふりをしている。
攻撃するのを抑えれば、その分力を温存することも出来る。
マリオが気がつきませんように……。
そう願わずにはいられない。
ナイフがぶつかり合って火花を散らし、蹴りや拳が体や頭や手足をかする。
蹴りや拳を繰りだしている内に、不思議と相手に対して愛着がわいてきた。
戦っている時間はそう長くはない。それこそ、寝台で肌と肌を合わせ、重ねるのと同じようなひとときである。
だけど、命のやり取りをしているこちらの方が、寝台での行為よりも、よほど濃密なときをすごすことが出来る。
それこそ、数えきれないほどの回数ぶつかり合っている。たったいまも、ナイフの刃どうしが火花を散らすほど激しくぶつかり合い、そのまま力比べに入った。
刃と刃が悲鳴を上げている。ぶつかり重なり合う刃は、まるで寝台での男女の行為そのものである。
マリオの息遣いを、闘志を、すぐ間近に感じる。それもそのはず。彼の顔は、口づけできるほど近いのだから。
ぶつかり合いながら、目と目で牽制しあう。
そのとき、全身に衝撃のようなものが走った。それは、唐突であった。
なんてことなの……。
どうして忘れていたの?思い出せなかったの?
その衝撃の強さに、力が抜けそうになった。それを、かろうじて気力を振り絞って持ちこたえた。
この男を知っている。
この暗殺者を知っているのである。
この暗殺者と、前世で会った。
この暗殺者と、前世でやり合った。
そうよ、そうだわ。
この暗殺者の美形に傷をつけたのはわたし。わたしが、彼の右頬をナイフで斬り裂いたのだ。
この暗殺者と死力を尽くして戦い、かろうじて殺されずに済んだ。
だけど、わたしはその死闘の直後に捕まったのである。
そのとき、わたしには逃げたり抵抗したりする体力は残っていなかった。
なんてこと……。
ある意味、運命的な何かを感じずにはいられない。
わたしが衝撃を受けたことや動揺など、彼には関係のないことである。あいかわらず激しく攻撃してくる。
すっかり忘れ去っていた記憶の一端が現れると、あとはどんどん記憶が、よみがえってくる。
前回戦ったときの彼の癖、攻撃パターン。いまでははっきりと思い出すことが出来た。
その記憶に従い、防御に徹する。
そして、さらに追いつめられてゆく。
ついに崖っぷちに追いつめられた。轟音だった川の流れの音が、いまは爆音になっている。
さっと視線を後ろ下方へと走らせた。
小説に出てくるような高所ではない。なんでもないときなら、飛び降りても充分助かる。だけど、いまは違う。高さ的には問題ないけれど、いまの川の大激流にのみこまれれば、なす術もなく溺れ死んでしまう。
それから、あらためて自分が崖っぷちに追いつめられ、もう後がないことに気がついたふりをした。
彼の動きが止まった。彼はバック転で距離を置き、わたしと対峙した。
これまでのような笑みはない。それどころか、その瞳は、わたしに対して敬意を表しているような色を帯びている。それが、月明かりの下でよくわかる。
これが最後の攻撃ね。
「戦えてよかったよ、聖女様」
彼が言って来た。勝ち誇ったような言い方ではない。やはり、敬意を表しているような声音だった。
彼が神速で間を詰め、ナイフを繰り出してきた。
崖を背にし、絶望に打ちひしがれているふりをしている。
そう。わたしは、彼のこの最後の攻撃を待っていたのである。