聖女といえど六度の死亡エンドはうんざり。だから七回目は生き残った上で人生も恋も謳歌する予定です。追伸 暗殺者を憑依させましたので関係者はそのつもりでいて下さい
戦いの末に……
前方に左足で思いっきり踏み込みつつ、体を開いて身を沈めた。その瞬間、それまでわたしの喉があった場所に、彼のナイフが突き出されてきて空を斬った。まさしく、紙一重だった。あとゼロコンマ以下でも遅かったら、喉を刺し貫かれるまではいかなくても、皮と肉の一部を傷つけられたに違いない。
彼のがら空きになっている左頬に、そのまま左拳を突き出した。同時に、ナイフを握る右手を地面につけ、それを軸にして左足で蹴りを放った。
左拳は彼の左頬にぶち当たり、左足は彼の左腹部に当たった。彼はバランスをくずし、そのまま衝撃でふっ飛んだ。
その先は、大激流の川である。
って思う間もなく、彼と視線が合った。
(してやられた)
彼の瞳には、はっきりそう刻まれている。
刹那、彼がナイフを手から放した。その手が、わたしに伸びて来た。わたしのどこかをつかむ為であることは、容易に想像出来る。
わたしを道連れにするつもりなのである。
間に合わない。
判断した。
伸びてくる手を、避けたりよけたりするには遅すぎる。
いままさに彼の左手がわたしの右腕をつかもうとした瞬間、彼の手が止まった。
彼はそのまま崖から飛び出し、落下して行く……。
それは、本当にとっさの行動だった。何もかんがえてはいない。その行動は、本能だった。
ナイフを放り投げ、落下してゆくはずの彼の左手を、わたしの腕をつかもうとしてなぜか途中でやめてしまった彼の手をつかんでいた。
彼の手をつかんだ瞬間、衝撃でわたしの体が崖へと引きずられはじめた。崖から半身が飛び出す。
なけなしの力を振り絞り、左手で崖の縁をつかんでどうにかもちこたえた。
「放せっ、聖女様っ!このままではきみも落ちる。落ちれば、ともに死ぬぞ」
彼が見上げて来て、見下ろすわたしと視線が合った。
「あなたは、本当におしゃべりね。その口を閉じていて。わたしも体力の限界なのよ。精神を集中させてちょうだい」
ぴしゃりと言い放ち、精神を集中して彼を引き上げにかかった。
二人の体重で崖が崩れやしないかと不安に苛まれつつ。
ありがたいことに、崖の強度は確かだった。
じわじわと彼を引き上げて行く。彼は、抵抗することなくわたしに引き上げられている。
時間がかかってしまったけど、どうにか彼を崖上に引き上げることが出来た。
彼もわたしも、両手を地面につけて荒い息をついている。
全力を使い果たしてしまった。これで彼が襲ってきたら、わたしはなす術もない。
彼に殺されるしかない。
アヤには悪いけど、それでもいいと思った。
なぜかわからないけど、とにかくそれでもいいと思えた。
アドレナリンがひいてくると、体中が痛くなってきた。
荒い息と心臓の鼓動は、じょじょに平常値に戻りつつある。そのときになってやっと、彼の方を見ることが出来た。
死を目前にした彼の方が、わたしよりよほど参っているようである。彼は、いまだにうつむいて肩で息をしている。
「なぜだ?なぜ助けた?」
わたしの視線を感じたのか、彼が顔を上げた。荒い息をしつつ、詰問してきた。
ああ、そこ?
わたしだって自分に問いたいわ。
「助けたところで、わたしがきみを殺すことになったかもしれないんだぞ」
だまっていると、彼はさらに詰問してきた。
そういえば、彼が自分のことを「わたし」と、わたしのことを「きみ」と呼んでいることに気がついた。
「さあ……。正直なところ、わからないわ。どうしてかしらね?しいて言うなら、あなたはわたしを道連れにするのを躊躇した。だからかしら?それでも、わたしにどうしてかって問うのなら、おそらくはあなたがわたしを道連れにしなかった理由と同じだと思うわ」
あまりにも疲れすぎた。
地面の上に胡坐をかいた。
いまは聖女や淑女のふりなどどうでもいい。
アヤはわたしの中で、「はしたないわね」と恥ずかしい思いをしているかもしれないけど。
そこでようやく、周囲の状況に気を配る余裕が出て来た。
空気に湿ったにおいが含まれている。空を見上げると、大分と傾いている月は雲に見え隠れしている。ジワジワと明けつつある夜の空は、分厚い雲に席巻されつつある。
川の上流だけではない。この辺りの気候もまた、悪化しつつある。
聖女の加護がなくなったいま、いつどこでどんなことが起るかわからない。
いまのうちに、出来るだけ遠く離れた方がいい。
「ねぇ、まだやるつもり?」
遠まわしに停戦を呼び掛けてみた。
「いや、もうどうでもよくなった。きみは乗馬服姿だから、馬に乗れるよな?動けるなら、馬車の座席の下に鞍を隠している。あの二頭の馬は、どちらも騎馬用に訓練している。どちらでも好きな方に乗っていくといい」
なるほど。
どうやら彼はわたしを殺した後に馬車は川に落とし、自分は馬で逃走するつもりにしていたようね。
彼のがら空きになっている左頬に、そのまま左拳を突き出した。同時に、ナイフを握る右手を地面につけ、それを軸にして左足で蹴りを放った。
左拳は彼の左頬にぶち当たり、左足は彼の左腹部に当たった。彼はバランスをくずし、そのまま衝撃でふっ飛んだ。
その先は、大激流の川である。
って思う間もなく、彼と視線が合った。
(してやられた)
彼の瞳には、はっきりそう刻まれている。
刹那、彼がナイフを手から放した。その手が、わたしに伸びて来た。わたしのどこかをつかむ為であることは、容易に想像出来る。
わたしを道連れにするつもりなのである。
間に合わない。
判断した。
伸びてくる手を、避けたりよけたりするには遅すぎる。
いままさに彼の左手がわたしの右腕をつかもうとした瞬間、彼の手が止まった。
彼はそのまま崖から飛び出し、落下して行く……。
それは、本当にとっさの行動だった。何もかんがえてはいない。その行動は、本能だった。
ナイフを放り投げ、落下してゆくはずの彼の左手を、わたしの腕をつかもうとしてなぜか途中でやめてしまった彼の手をつかんでいた。
彼の手をつかんだ瞬間、衝撃でわたしの体が崖へと引きずられはじめた。崖から半身が飛び出す。
なけなしの力を振り絞り、左手で崖の縁をつかんでどうにかもちこたえた。
「放せっ、聖女様っ!このままではきみも落ちる。落ちれば、ともに死ぬぞ」
彼が見上げて来て、見下ろすわたしと視線が合った。
「あなたは、本当におしゃべりね。その口を閉じていて。わたしも体力の限界なのよ。精神を集中させてちょうだい」
ぴしゃりと言い放ち、精神を集中して彼を引き上げにかかった。
二人の体重で崖が崩れやしないかと不安に苛まれつつ。
ありがたいことに、崖の強度は確かだった。
じわじわと彼を引き上げて行く。彼は、抵抗することなくわたしに引き上げられている。
時間がかかってしまったけど、どうにか彼を崖上に引き上げることが出来た。
彼もわたしも、両手を地面につけて荒い息をついている。
全力を使い果たしてしまった。これで彼が襲ってきたら、わたしはなす術もない。
彼に殺されるしかない。
アヤには悪いけど、それでもいいと思った。
なぜかわからないけど、とにかくそれでもいいと思えた。
アドレナリンがひいてくると、体中が痛くなってきた。
荒い息と心臓の鼓動は、じょじょに平常値に戻りつつある。そのときになってやっと、彼の方を見ることが出来た。
死を目前にした彼の方が、わたしよりよほど参っているようである。彼は、いまだにうつむいて肩で息をしている。
「なぜだ?なぜ助けた?」
わたしの視線を感じたのか、彼が顔を上げた。荒い息をしつつ、詰問してきた。
ああ、そこ?
わたしだって自分に問いたいわ。
「助けたところで、わたしがきみを殺すことになったかもしれないんだぞ」
だまっていると、彼はさらに詰問してきた。
そういえば、彼が自分のことを「わたし」と、わたしのことを「きみ」と呼んでいることに気がついた。
「さあ……。正直なところ、わからないわ。どうしてかしらね?しいて言うなら、あなたはわたしを道連れにするのを躊躇した。だからかしら?それでも、わたしにどうしてかって問うのなら、おそらくはあなたがわたしを道連れにしなかった理由と同じだと思うわ」
あまりにも疲れすぎた。
地面の上に胡坐をかいた。
いまは聖女や淑女のふりなどどうでもいい。
アヤはわたしの中で、「はしたないわね」と恥ずかしい思いをしているかもしれないけど。
そこでようやく、周囲の状況に気を配る余裕が出て来た。
空気に湿ったにおいが含まれている。空を見上げると、大分と傾いている月は雲に見え隠れしている。ジワジワと明けつつある夜の空は、分厚い雲に席巻されつつある。
川の上流だけではない。この辺りの気候もまた、悪化しつつある。
聖女の加護がなくなったいま、いつどこでどんなことが起るかわからない。
いまのうちに、出来るだけ遠く離れた方がいい。
「ねぇ、まだやるつもり?」
遠まわしに停戦を呼び掛けてみた。
「いや、もうどうでもよくなった。きみは乗馬服姿だから、馬に乗れるよな?動けるなら、馬車の座席の下に鞍を隠している。あの二頭の馬は、どちらも騎馬用に訓練している。どちらでも好きな方に乗っていくといい」
なるほど。
どうやら彼はわたしを殺した後に馬車は川に落とし、自分は馬で逃走するつもりにしていたようね。