聖女といえど六度の死亡エンドはうんざり。だから七回目は生き残った上で人生も恋も謳歌する予定です。追伸 暗殺者を憑依させましたので関係者はそのつもりでいて下さい
侯爵の居城
六度目の人生、たった一人で不安だったアヤにすれば、こんな古風で強引なロメロに押し切られたら、従ってしまうのかしらね。
彼女の場合は、侯爵本人からではなくかれの使用人がかれの言葉をそのまま伝えたはずなのよね
わたしの場合は、アヤ本人のときとちがって筋書きがズレたのかもしれないわね。
まぁアヤの六度目の死亡エンドをどうにかする為だし、ここは誘いに乗るしかないわよね。それに、いまの紳士然とした彼がどんなふうに豹変するのかも見てみたいし。
なにより、マリオを休ませてあげたい。
「侯爵、ご足労をおかけして申し訳ございません」
だから、彼にニッコリ笑ってみせた。
濡れねずみ状態の偽聖女認定されたわたしの笑みは、彼の目にどんな風に映っているのだろう。
ロメロ・マルコーニ侯爵の居城は、重厚な石造りの城である。それほど大きな城ではないけれど、歴史を感じさせる。外壁に蔦がびっしりと這っている。そして、窓という窓に鉄格子が取り付けられている。
窓の鉄格子などこの城の造りが国境に近いから防御に特化しているのか、あるいは侵入者を防ぐ為のものなのか、あるいは中にいる人を逃さない為なのかはわからない。
城に到着するまでに、マリオのことを説明しておいた。
腹違いの兄であること。隣国まで送ってくれている途中で盗賊に襲われ、わたしをかばって重傷を負ってしまったこと。かろうじて命は失わずにすんだけど、充分な休息が必要であること。
馬車と並んで黒馬を進める侯爵に説明をしながら、「この大嘘つきのペテン野郎」と心の中で自分自身に何度もツッコんでしまった。
まさかマリオはわたしの命を狙う暗殺者で、二人で死力を尽くして闘い、わたしが軍用ナイフで彼を突き刺し、その結果彼が死にかけただなんて言えるわけがない。
マリオを腹違いの兄にしたのは、アヤの六度目の人生のときの侯爵の彼女への偏執ぶりから、侯爵がマリオとわたしの関係を疑い、マリオに危害を加えるようなことがないようにである。
侯爵がクレメンティ家についてどこまで知っているかはわからない。もしかすると、調べたかもしれない。
だけど、アヤの父親が正妻がいるにもかかわらず、新婚当初から愛人をつくって正妻がアヤを産むよりもはやくその愛人との間に子どもが出来、正妻が亡くなるか亡くならないかのうちに屋敷に住まわせていた、ということは有名な話である。
アヤの父親には他にも愛人がいて、男児をもうけていたとしてもおかしくない。
そう告げたとき、侯爵は表向きは気の毒そうな表情を浮かべ、マリオにたいしてお見舞いの言葉を発した。
それ以上も以下も、反応はなかった。
そうこう話をしているうちに、侯爵の城に到着したのである。
なんてこと、吊り橋まである。
小さな堀があって、そこには濁った水が溜まっている。
吊り橋は、馬車がギリギリ通過できるほどの広さしかない。
それを通過し、いまにも崩れてしまいそうな城門をくぐった。
とくにだれかが出迎えてくれたり、走り出てくることもない。
黒馬とマリオの二頭の馬の蹄の音と、馬車の轍の音だけが響き渡る。
静かすぎて気味が悪い。
侯爵ともなると、執事や使用人たちがいて当然の身分である。それに、ここは国境のすぐ近く。守備隊がいてもおかしくない。
侯爵は、もともと将軍を務めていたはず。たとえ退役していても、守備隊の為に土地や物資を提供していてもおかしくない。実際、そういうことはどこの領地でも行われている。
軍どころか、人間の気配がしない。
「あの、マルコーニ侯爵。ずいぶんと立派なお城ですけど、使用人の方も大勢いらっしゃるんでしょうね?」
一瞬、アヤの幼馴染の凶行のことが頭をよぎった。だから、そう尋ねてみた。
「いや。週に一度、近くの村から老夫婦が手伝いに来てくれるだけで、この城に使用人は一人もいない」
「では、お料理とかお洗濯とかお掃除とか、身の回りのことはどうされているのですか?」
「ある程度は自分で出来るからね。なにせずっとやもめだから、自分でせざるを得ないわけだ」
彼は、自虐めいた笑声を上げた。
そのタイミングで、城の重厚な扉の前にいたった。
「とりあえず、彼を中へ運ぼう。その後、馬と馬車を厩舎へ連れて行くから」
わたしが何か言うよりもはやく、侯爵は下馬してから馬車に近づき、マリオを担いだ。
マリオは、気がついているとしても眠っているふりをしている。
わたしは、自分のトランクを持ってから侯爵のあとについて行った。
それにしても、マリオを軽々と肩に担いでいる侯爵は、さすがよね。軍人だっただけのことはある。
侯爵はフツーの女性だったら開けることが難しい重い扉を軽々と開け、マリオをエントランス脇に設置している猫脚の長椅子に寝かせた。
「すぐに戻って来る」
そして彼は、馬たちを厩舎へ連れて行くために出て行った。
「ロメロ・マルコーニ侯爵。ずっと昔にあった戦争の英雄だよ」
長椅子に横たわっているマリオがささやいた。
「マリオ、大丈夫?」
「ああ、きみのお蔭だ」
上半身を起こそうとする彼を、慌てて止めた。
彼女の場合は、侯爵本人からではなくかれの使用人がかれの言葉をそのまま伝えたはずなのよね
わたしの場合は、アヤ本人のときとちがって筋書きがズレたのかもしれないわね。
まぁアヤの六度目の死亡エンドをどうにかする為だし、ここは誘いに乗るしかないわよね。それに、いまの紳士然とした彼がどんなふうに豹変するのかも見てみたいし。
なにより、マリオを休ませてあげたい。
「侯爵、ご足労をおかけして申し訳ございません」
だから、彼にニッコリ笑ってみせた。
濡れねずみ状態の偽聖女認定されたわたしの笑みは、彼の目にどんな風に映っているのだろう。
ロメロ・マルコーニ侯爵の居城は、重厚な石造りの城である。それほど大きな城ではないけれど、歴史を感じさせる。外壁に蔦がびっしりと這っている。そして、窓という窓に鉄格子が取り付けられている。
窓の鉄格子などこの城の造りが国境に近いから防御に特化しているのか、あるいは侵入者を防ぐ為のものなのか、あるいは中にいる人を逃さない為なのかはわからない。
城に到着するまでに、マリオのことを説明しておいた。
腹違いの兄であること。隣国まで送ってくれている途中で盗賊に襲われ、わたしをかばって重傷を負ってしまったこと。かろうじて命は失わずにすんだけど、充分な休息が必要であること。
馬車と並んで黒馬を進める侯爵に説明をしながら、「この大嘘つきのペテン野郎」と心の中で自分自身に何度もツッコんでしまった。
まさかマリオはわたしの命を狙う暗殺者で、二人で死力を尽くして闘い、わたしが軍用ナイフで彼を突き刺し、その結果彼が死にかけただなんて言えるわけがない。
マリオを腹違いの兄にしたのは、アヤの六度目の人生のときの侯爵の彼女への偏執ぶりから、侯爵がマリオとわたしの関係を疑い、マリオに危害を加えるようなことがないようにである。
侯爵がクレメンティ家についてどこまで知っているかはわからない。もしかすると、調べたかもしれない。
だけど、アヤの父親が正妻がいるにもかかわらず、新婚当初から愛人をつくって正妻がアヤを産むよりもはやくその愛人との間に子どもが出来、正妻が亡くなるか亡くならないかのうちに屋敷に住まわせていた、ということは有名な話である。
アヤの父親には他にも愛人がいて、男児をもうけていたとしてもおかしくない。
そう告げたとき、侯爵は表向きは気の毒そうな表情を浮かべ、マリオにたいしてお見舞いの言葉を発した。
それ以上も以下も、反応はなかった。
そうこう話をしているうちに、侯爵の城に到着したのである。
なんてこと、吊り橋まである。
小さな堀があって、そこには濁った水が溜まっている。
吊り橋は、馬車がギリギリ通過できるほどの広さしかない。
それを通過し、いまにも崩れてしまいそうな城門をくぐった。
とくにだれかが出迎えてくれたり、走り出てくることもない。
黒馬とマリオの二頭の馬の蹄の音と、馬車の轍の音だけが響き渡る。
静かすぎて気味が悪い。
侯爵ともなると、執事や使用人たちがいて当然の身分である。それに、ここは国境のすぐ近く。守備隊がいてもおかしくない。
侯爵は、もともと将軍を務めていたはず。たとえ退役していても、守備隊の為に土地や物資を提供していてもおかしくない。実際、そういうことはどこの領地でも行われている。
軍どころか、人間の気配がしない。
「あの、マルコーニ侯爵。ずいぶんと立派なお城ですけど、使用人の方も大勢いらっしゃるんでしょうね?」
一瞬、アヤの幼馴染の凶行のことが頭をよぎった。だから、そう尋ねてみた。
「いや。週に一度、近くの村から老夫婦が手伝いに来てくれるだけで、この城に使用人は一人もいない」
「では、お料理とかお洗濯とかお掃除とか、身の回りのことはどうされているのですか?」
「ある程度は自分で出来るからね。なにせずっとやもめだから、自分でせざるを得ないわけだ」
彼は、自虐めいた笑声を上げた。
そのタイミングで、城の重厚な扉の前にいたった。
「とりあえず、彼を中へ運ぼう。その後、馬と馬車を厩舎へ連れて行くから」
わたしが何か言うよりもはやく、侯爵は下馬してから馬車に近づき、マリオを担いだ。
マリオは、気がついているとしても眠っているふりをしている。
わたしは、自分のトランクを持ってから侯爵のあとについて行った。
それにしても、マリオを軽々と肩に担いでいる侯爵は、さすがよね。軍人だっただけのことはある。
侯爵はフツーの女性だったら開けることが難しい重い扉を軽々と開け、マリオをエントランス脇に設置している猫脚の長椅子に寝かせた。
「すぐに戻って来る」
そして彼は、馬たちを厩舎へ連れて行くために出て行った。
「ロメロ・マルコーニ侯爵。ずっと昔にあった戦争の英雄だよ」
長椅子に横たわっているマリオがささやいた。
「マリオ、大丈夫?」
「ああ、きみのお蔭だ」
上半身を起こそうとする彼を、慌てて止めた。