聖女といえど六度の死亡エンドはうんざり。だから七回目は生き残った上で人生も恋も謳歌する予定です。追伸 暗殺者を憑依させましたので関係者はそのつもりでいて下さい

再会

「関係ないかもしれないけど、寝台の高さがやけに低いと思わないかい?」

 マリオが何か言った気がするんだけど・・・・・・。
 すぐ近くにいるはずのマリオの声が、やけに遠くからきこえたような気がする。

 耳鳴りまでしてきた。頭も痛い。

「アヤ、どうした?アヤッ!」

 マリオのわたしを呼ぶ声は、神のいるであろう空の上からするほど遠くかすかである。

 覚えているのはそこまでだった。

 どうやら、わたしの意識はそこで飛んでしまったらしい。


「カリーナ、カリーナ」

 また遠くから呼ばれている。

 重い瞼をやっとのことで開けることが出来た。

 ここはどこかしら。

 起き上ろうとしても起き上がることが出来ない。体に力が入らないのである。横になっているというよりかは、ふわふわと浮かんでいる感じがする。

 周囲はまばゆい光に満ちている。だけど、まぶしいわけではない。

 ふわふわと浮かんでいるわたしの前に、光の塊が現れた。それはあっという間に人の形になり、光がおさまったときには一人の人間(ひと)を象っていた。

「カリーナ」

 また呼ばれた。

 いまはすぐ間近から呼ばれていることがわかるほど、その声をはっきりきくことが出来る。

 そう。わたしの前に現れてわたしを呼んだのは、「アヤ・クレメンティ」その女性(ひと)である。

「アヤ?アヤ、あなたなの?」
「ええ、カリーナ。ご無沙汰してごめんなさい」

 彼女は、わたしを起こしてくれた。

 もうすっかり見慣れた彼女の顔。いまとなっては、鏡以外で見つめるのはかえって違和感がある。

「ほんと、久しぶりね」

 嫌味を言ったわけではない。彼女がこうして出てくるのは、最初のとき以来である。

 わたしが七歳のときの彼女に憑依し、目を覚ます直前である。

「ごめんなさい、カリーナ。あなたの力が日に日に強くなっているの。その為に、なかなか出てくることが出来なくなっしまって」
「わたしの力なんて、聖女の力にはかなわないわよ」

 思わず笑ってしまった。

 もとのわたしの顔って、いったいどんな感じだったかしら?
 一瞬、自分自身の顔、つまりカリーナ・ガリアーニの顔がわからなくなってしまった。

 赤毛のカリーナの顔が、である。

「カリーナ、ほんとうにありがとう。あなたのお蔭で、わたしはまだ生きている」
「いやだわ、アヤ。「わたし」ではなく「わたしたち」、でしょう?わたし、しっかりやれているかしら?あっもしかして、淑女らしくないわよね。しかも、ちっとも聖女らしくない。もしかしてではないわよね。ぜったいにらしくないわね。そのことについては、謝っておくわ。わたしには……」
「いいのよ、カリーナ。たしかに、わたしはナイフを振り回したりなんてことはしないけど」

 彼女は、イタズラっぽく笑った。

 ほんとうに美しい。そして、笑顔は愛らしい。

 彼女を偽聖女認定して婚約を破棄した王太子アルド・パッティは、ほんとうにバカのクズだってあらためて感じる。

「だけど、そのお蔭でわたしは生きている。感謝のしようもないわ」
「それで、どうして急に会いに来てくれたわけ?出てきにくいのでしょう?」
「ええ。でも、いまは特別。あなたの力が弱くなっているから。いつもあなたに助けてもらっているから、今度はわたしがあなたを助ける番よ」
「なんですって?いったい、どういう意味なの?」
「カリーナ。あなたはいま、死にかけているの」
「はいいいい?死、死にかけている?」

 彼女の美しい顔には、憎たらしいほど穏やかで優雅な笑みが浮かんでいる。

「そう。死にかけているの。つまり、侯爵の罠にかかって死にそうになっているわけ。わたしの六度目の人生とおなじように」
「ちょちょちょちょ、ちょっと待ってよ。まったく自覚がないんだけど」

 自分の顔が、じょじょに思い出されてきた。脳内でそれを描きつつ、彼女の美しさの前では比較どころか晒すことじたいが恥ずかしいものであることを自覚してしまう。

「二酸化炭素よ。地下牢の奥から大量の二酸化炭素が放出されているわけ。地下牢は、昔から処刑の場所として使われているの。寝台が低くつくられているでしょう?二酸化炭素は重いから、寝台に寝かせておくだけでそれを吸ってしまう。そして、そう時間をかけずして殺すことが出来る。自分が手間をかけなくってもね」

 そういえば、マリオが寝台の高さのことを言っていたっけ。

 って、彼は大丈夫なの?

「カリーナ。あなた、見かけによらずやさしいのね」

 マリオのことを思った瞬間、アヤがクスクス笑いはじめた。

「見かけによらずやさしいのねって……。アヤ、あなたは見かけによらずきついこと言うのね」

 思わず、そうやり返してしまった。

 それから、二人で笑った。
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