聖女といえど六度の死亡エンドはうんざり。だから七回目は生き残った上で人生も恋も謳歌する予定です。追伸 暗殺者を憑依させましたので関係者はそのつもりでいて下さい

奇襲

「侯爵、鍵を下さい。二人を牢からだしたいのです」

 侯爵にそうお願いして、彼が素直に渡してくれるとは思えない。

「先程は『死んだふり』をして、侯爵(あなた)を驚かせるというお茶目なイタズラを仕掛けてみました」

 鍵を下さいってお願いするのなら、その前にそんな風に告白しなくてはならない。

 もしもお願いして素直に鍵を渡してくれて「そうだったのか。すっかりだまされたよ。アッハッハッハ!」となったら、その方がびっくりしてしまうわ。

 マリオと目を合わせた。

 当然、彼も同様にとらえているはず。

 もう打ち合わせをする暇はない。

 だけど、彼と目を合わせたことで、この後どうすればいいのかが理解出来た。

 すくなくとも、自分はどうすればいいのかがわかった。

 侯爵の足音が大きくなってきたときには、わたしたちは元いた場所でまた死人を装っていた。

 死んだ暗殺者に上半身だけ覆いかぶさるようにし、軍用ナイフは鞘から抜いて握っている。ちょうど腹部が寝台の角にあたっている。ナイフを握る手の甲が、寝台の角に食いこんでいる。

 侯爵の足音が牢の前で止まり、最初のときと同じように開いたままの扉から中に入って来た。

 緊張が嫌でも増してくる。

 マリオは檻にもたれかかっている。わたしは、寝台に上半身うつ伏せでよりかかっている。この二か所は、距離は遠くない。牢自体が狭いからである。

 だけど、牢の入り口からだと右手と左手にわかれる。

 つまり、どちらかの様子を見ようとしたら、どちらかに背を向けることになる。

 侯爵が背を向けた側が攻撃を仕掛けるということを、先程マリオと視線が合った際に無言の内に取り決めたのである。

 侯爵がマリオの方を向けばわたしが、わたしの方を向けばマリオが、それぞれナイフで襲いかかるということを。

 瞼をかすかに開けると、侯爵の腰にぶら下がっている大剣の鞘がチラついた。

 そういえば、侯爵は最後の戦争の英雄だってマリオが言っていたっけ。甲冑を装着した上で男性二人を軽々と肩に担ぐ膂力がある。大剣を軽々と振るえるはずよね。

 だけど、ここではムリ。大剣を振るには、牢の中にしろ地下牢こ通路にしろ狭すぎる。

 そして、彼が生粋の剣士なのだったら、暗殺者との戦いには慣れていないはず。

 もっとも、王都から日常茶飯事に暗殺者が送りこまれているのなら話は別だけど。

 もっとも、茶番劇のあった例の舞踏会に招かれたくらいだから、辺境に追いやられているとはいえそこまで迫害されたり恨まれているわけではないわよね。

 そんなことをかんがえていると、侯爵に動きがあった。

 死んでいるのかどうかを確かめる為に、背を向けたのである。

 と同時に、「シャッ」という金属のすれる鋭い音が牢内に響いた。

 侯爵が大剣を抜いたに違いない。

 そうね。死んでいるか確認するのだったら、何も大剣を振りかぶらなくっても突き刺せばいいだけよね。

 って、呑気に解釈をしている場合じゃない。

 あらためて軍用ナイフを握りしめた。柄が汗で湿っている。

 止めている息もヤバくなってきた。

 出来るだけ気をおさえて上半身を起こし、そして……。

 片脚をバネがわりにし、体を回転させながら振り向いた。それから、その勢いのまま侯爵の項めがけて軍用ナイフを繰り出した。

 わたしに背を向けた侯爵の項に向かって……。

「きゃあっ!」

 わたしの突き出した軍用ナイフは、侯爵の項あたりの皮膚を裂くどころか、がっしりとした体のどこにもかすりもしなかった。

 軍用ナイフが弾き飛ばされ、寝台の側面にあたって石床上に落ちた。そして気がついたら、彼のごつい手で首を握られていた。

 片手でわたしの首をを握っている。すさまじい握力である。

 なにより、わたしを見るその顔が、これまでとはまったく違っている。

 狂気……。

 彼の渋い美形は、そんなぞっとするようなものに満ち溢れている。

 背筋に冷たいものが走ったのは、その表情によるものか、それとも絞殺されようとしているからかはわからない。

 一瞬、意識が飛びそうになった。

「がはっ!」

 わたしの方を向いた侯爵の背中を、つぎはマリオが襲った。

 だけど、そのマリオの動きも読まれていた。

 侯爵は、大剣の柄頭でマリオのナイフを弾いた。彼のナイフも、わたしの軍用ナイフ(それ)同様に牢の奥まで飛ばされ、石床上に落下した。

 マリオは、侯爵に首を絞められているわたしが傷つくことを怖れ、全力でナイフを突き出せなかったに違いない。

 薄れゆく意識の中、とんでもないことにマリオを巻き込んでしまったことを後悔した。

 ついにアヤの六度目の、わたしたちの死亡エンドを回避できなくなってしまった。

 すべてわたしのせい。わたしが油断したせいである。

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