聖女といえど六度の死亡エンドはうんざり。だから七回目は生き残った上で人生も恋も謳歌する予定です。追伸 暗殺者を憑依させましたので関係者はそのつもりでいて下さい

ヴァスコと腹ごしらえ

「人心地ついた。うまかったよ。ありがとう」

 ヴァスコがナプキンで口のまわりを拭いつつお礼を言ってくれた。

「家畜たち、どうなるのかしら?」
「えっ、なんだって?」
「家畜たちよ。偽侯爵は、ほとんど自給自足の生活だったの。作物とか家畜とか、世話をする人がいなくなってしまった」

 ふと思いついたことを口走っていた。

 わたしたちに命があるように、作物や家畜も生きている。

 世話をする偽侯爵がどうなるのか、あるいはどうするのかいまはまだわからないけど、世話をする者がいなくなってしまったことだけはたしかである。

「きみは、面白いな。もちろん、やさしくもあるが」

 ヴァスコは、葡萄酒の瓶を傾け豪快に飲んでいる。

「からかわないで」
「からかってなんかいないさ」

 ヴァスコは、にんまりと笑った。

「近くの農家にでも頼むしかないな。まさか、きみがここに住んで面倒をみるわけにはいかないだろう?」
「いいかんがえだわ。あ、わたしがここに住むってことだけどね。だけど、わたしは一応国外追放された身だから、この国にはいられないわ」
「なんだって?」

 なるほど。偽侯爵は、わたしがここにいる事実しか彼とヴァスコに伝えなかったのね。

 ようは皇太子殿下を誘き出したかったってことだから、わたしがここにいる理由や背景など必要ないわよね。

 手早くここにいる理由を話してきかせた。

 と言っても、偽聖女の烙印をおされ、国外追放されたという程度だけど。

 話しながらふと気がついた。

 マリオを義理の兄だということにしているけど、ほんとうにそうだったんだ。

 義母の子なのである。義姉同様マリオは義兄にあたるわけよね。

 そう思いいたると、急に可笑しくなった。

 こんな偶然ってある?

 アヤも驚いているはずよ。

「ヴァスコ。あなた、二人のことを知っていたんでしょう?」

 笑みを浮かべそうになったのを取り繕い、尋ねてみた。

「大分前、まだわたしが皇都にある軍の学校に入学する前の話だ。その日、偽侯爵が父を尋ねて来ていて、日中二人は居間で話し込んでいた。そして、偽侯爵は夕刻に帰って行った。夜、父はめずらしく酔うまで飲んでいた。その際、皇子の一人が双子で死んだはずの片割れが生きているかもしれない、とつぶやいていた。いまにして思えば、父は偽侯爵がかつての自分の部下であることに気がついたのかもしれない。わたしは、その父のつぶやきをきくともなしにきいていた。正直なところ、父は酔っていい加減なことを言っているのだとばかり思っていた。それから、そんなつぶやきは頭からすっかり消えてしまっていた。湖でマリオを見たときも、最初はそんな出来事じたい思い出しもしなかった。この城に向かっている途中で思い出したんだ。思い出して、父のあのつぶやきは、戯言などではなかったのかと驚いたわけだ」

 彼の説明をききながら、この古城に来るまでに彼がなんともいえない表情を浮かべていたことを思い出した。

「ヴァスコ、大丈夫?」
「え?あ、ああ、わたしは大丈夫。アヤ、きみは?」
「まだ混乱はしているけど……。皇太子殿下とマリオにくらべたら、ずっとマシよ。その、ヴァスコ。さしあたって、殿下の立場というか、実の父親のこと、大丈夫なの?皇帝陛下はご存知ないのでしょう?もちろん、マリオとわたしは他言することはないし、ましてやそれで脅したりすかしたりなんてこともない。その点は安心して。偽侯爵はあの様子なら他言している感じじゃないけれど、どこでどう知れているかわからないから」

 たとえば、義母がまだ隣国にいた際に同僚や当時付き合っていたもろもろの男性にいらないことを言ったかもしれない。もしかすると、ヴァスコの父親が彼につぶやいたようなことを、アレッシ家の使用人のだれかがきいてしまったかもしれない。

「わたしが懸念するのは、皇子たちや政敵がそれを調べ上げ、利用しないかということなの」

 殺したり傷つけるといったことなら、ある意味わかりやすいし対処しやすい。向かってきた相手を叩きのめせばいいだけのことだから。だけど、水面下で行われるような頭脳合戦は性質(たち)が悪い。

 双子だったことに加え、皇太子殿下が現皇帝の血を受け継いでいるかどうかわからないとなれば、それこそひきずり降ろすいい情報(ネタ)になる。

「ほかの皇子たちの母親は、皇宮でも有力な家門ばかりだ。アヤ、きみのかんがえている通りだよ。わたしたちには味方がすくない。しかも、陛下も病の床にいる。もう長くはないかもしれない。だからこそ、殿下はきみを頼ったわけだ。わたしたちは、まんまと罠にはまってノコノコ隣国にやって来て暗殺者集団に襲われたわけだ。その暗殺者を雇ったのは、皇子の一人かと思っていた。それがまさか隣国の侯爵で、しかもわが国の元近衛兵でなりすましていた、だなどと信じられるかい?わたしの先輩にあたるわけだ」

 ヴァスコは、もう一度葡萄酒の瓶を傾けた。が、空っぽだったみたい。物欲しそうに瓶を見つめてから、カウンターの上に置いた。
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