聖女といえど六度の死亡エンドはうんざり。だから七回目は生き残った上で人生も恋も謳歌する予定です。追伸 暗殺者を憑依させましたので関係者はそのつもりでいて下さい

結ばれて……

 マリオとわたしは、皇太子殿下の命が狙われることが少なくなってから皇宮に移った。

 マリオは、本物の皇太子殿下の寝室へ。わたしは、客殿の一室である。

 先日は、元婚約者や義母や義姉を相手にして胸のすく思いをした。

 そこはよかったけど、それ以上に気にかかっていることがある。

「アヤは、わたしの婚約者だ」

 それは、その際にマリオが言った一言である。

 わかっている。打ち合わせになかったマリオのその一言は、きっとあの場を盛り上げるための方便だったに違いない。

 それでもうれしかった。そう宣言してくれたことは感動的だった。

 それがうれしかったということを、素直に認められる自分自身がいる。

 やはり、わたしは焼きがまわっているみたい。

 でも、それでいいわよね?

 これからは、暗殺者というよりかは聖女として生きていくのだから。

 アヤの言った通りである。これまで犯してきた罪に怯えたり、その意識に押し潰されるだけではダメ。これからは、それらを生へと転換しなければ。

 こんなのって、ただの自己満足なのかしら……。

 天蓋付きの寝台の上でそんなことをかんがえていると、窓ガラスに何かがあたった「カツン」という小さな音がしたのである。同時に、窓の向こうに人の気配を感じた。

 この客室は、二階である。

 窓に近づいてみた。

 これまでだったら、だいたいは敵対する連中が放った暗殺者たちの訪問だった。だけど、いまは違う。

 レースのカーテンを、それからガラス窓を押し開けた。

 窓のすぐ前に大木がある。その枝上に、彼がいる。

「殿下。木登りをするような年齢ではありませんわ」
「童心にかえっているんだ」

 彼と視線を合わせ、思わず小さく笑ってしまった。

 マリオが、こっそりやって来てくれた。

 うれしくってならない。

 窓の側から離れると、彼は枝上から室内へと身軽に飛びこんできた。

「皇太子殿下の身代わりとして、いろいろやってきたつもりだったけどね。きみのあの一言で、すべてが報われたような気がするよ」

 彼は、わたしと向き合ってから真剣な表情で言った。

『くそったれの王太子殿下、おとといきやがれって言わせてもらうわ。尻尾を巻いてさっさと帰るといい。そして、滅びなさい』

 マリオが言っているのは、アヤが元婚約者に放ったあの強烈な啖呵のことね。

「あれはアヤ自身よ。あのとき、アヤが最後の力を振り絞って心の中に現れたの」

 彼にそのときのことを語った。

「よほど汚い言葉で啖呵をきりたかったのね」

 思わず笑ってしまった。彼女なりにワルぶったつもりに違いない。

「わたし自身だったら、元婚約者は立ち直れないほどの打撃を与えたはずよ」
「違いない」
「なんですって?」

 自分で言っておきながら、マリオが同意したのでムッとしてしまった。

「勘弁してくれよ」

 彼は、降参のジェスチャーをした。

 ここに来てから、彼が緊張しているのを感じる。だから、わたしも緊張している。

「それで、どうかな?」
「どうかなって?」

 わかっていて尋ねてしまった。

「あのとき、おれはきみにプロポーズしたつもりだったんだけどな」

 彼は気恥ずかしそうに視線をそらし、またこちらへそれを戻した。

「ああ。あれ、ね」

 わたしもまた、視線をそむけてしまった。

 ドキドキしすぎている。

「アヤが言ったの。あなたとわたし、しあわせになれるんですって。穏やかで静かな一生をすごせるみたいよ」

 視線を戻すと、ささやくように告げた。刹那、彼の表情がパッと輝いた。

「わたしたちだけじゃないのよ。どうやら、あなたとわたしの子どもたちもいっしょみたい」

 わたしの言葉を咀嚼した瞬間、彼の表情がさらに明るくなった。

「ああ、神様っ!嘘だろう?くそっ!」

 彼は、その場で大理石の床を蹴ったり踏んだりした。

「『子どもたち』だって?きみだけじゃない。おれはきみとおれの子どもたちとともに、一生しあわせにすごせるって?どうしよ………。あああ、もう死んでもいい。おれはいま、そのくらいしあわせだよ」
「ちょっ、ちょっと待って。まだ死んでもらっちゃ困るわ」

 彼のよろこびように、わたしまでうれしくなってしまう。

「わたしはただ、あなたのどさくさ紛れのプロポーズにたいして『はい』、と返事をしたかっただけで……」

 そう言ったときには、彼に抱かれて寝台の上に寝かされていた。

「きみと二人っきりの時間もたっぷりすごしたいんだけど、子どもたちともすごしたい。きみと子どもたち、といっしょにね。子どもたちって何人だろう?五人かな?十人かな?」

 わたしの上で、彼はうっとりと将来の家族像を描いている。

 って子どもが五人とか十人って、いくらなんでも多すぎよ。

 彼もわたしも、親の愛に飢えている。というよりかは、知らない。

 彼ならきっと、わたしが嫉妬するぐらい子どもたちを可愛がってくれる。

「でも、いまはきみだけを愛したい。きみに愛されたい」
「ええ、マリオ。わたしもよ」

 もう彼のことは怖くない。いくら彼が雄と化そうと、怖くもなんともない。

 その夜、彼とわたしは結ばれた。
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