聖女といえど六度の死亡エンドはうんざり。だから七回目は生き残った上で人生も恋も謳歌する予定です。追伸 暗殺者を憑依させましたので関係者はそのつもりでいて下さい

アヤとカリーナ 1

 室内は、いたってシンプル。こじんまりとした寝台と、耐荷重が怪しげな椅子が一つずつあるのみ。しかも、体重が重かったらヤバそうなボロボロ感が漂いまくっている。

 わたしたち以外に生き物の息遣いを感じる。その瞬間、ボロボロの壁の下方からネズミがあらわれた。ネズミは、後ろ足で立って左右を見回してから床上で伸びているおバカさんに駆け寄り、彼の頭部をかじりはじめた。

 ネズミが何らかの菌を持っているとしても、わたしには関係ないわよね。

 とりあえず、椅子の強度を確かめた。それから、そっとそれに腰をかけた。

 ここも、夜明けまでに出て行った方がいいわね。

 とりあえず、つぎのターゲットの元に向かわなきゃ。

 おバカさんを見下ろしつつ、こいつをどうしてやろうかとかんがえてみた。

 わずかでも眠りたい。だけど、もう少し我慢しなきゃよね。

 朝一番にアヤの五番目の人生の終焉に突入しなきゃならないから。

 いまここで「少しだけ眠っちゃえ」ってことになったら、目が覚めたら日が高く昇っているっていうパターンになるのは確実だわ。

 そうなれば、五番目のターゲットとの接触が出来なくなる。それに、このおバカさんも目を覚ますかもしれない。
 もっとも、二日酔いでボロボロの状態でしょうけど。

「アヤ、どうする?」

 椅子の背にもたれると、椅子が耳障りな音を立てた。それはまるで、断末魔のようにきこえた。

 天井を見上げると、気味の悪いシミがいっぱいついている。瞼を閉じてみた。このアヤの体の中にいるアヤの精神(こころ)を見つけようと、精神を集中してみた。

 かんがえてみれば、わたしはアヤに利用されているのようなものである。

 わたしの意志に関係なく、わたしの魂を彼女の体に入れられ、閉じこめられたのだから。

「あなたの魂を救ったのはわたし。あなたの命を助けたのはわたし。あなたは、わたしの体を使ってくれていい。やり直しが出来るのよ。生きることが出来るのよ」

 彼女はそう言った。

 わたしは、カリーナ・ガリアーニという名の男爵令嬢だった。母はわたしを産んですぐに亡くなった。父は、ろくでなしだった。父は、わたしが産まれてきたから母が死んだのだと理不尽な理由を振りかざし、わたしを虐待した。
 そして彼は、ガリアーニ家の財産を食いつぶし、借金を作った。

 わたしが五、六歳のとき、ろくでなしの父はわたしを娼館の下働きとして躊躇なく売り渡した。しかも、はした金で。

 その後のガリアーニ家が、父がどうなったかは知らない。知ろうともしなかった。

 売り渡されたわたしは、下働きをさせられながら少女好きの貴族どもに弄ばれた。高貴な紳士たちの玩具、というわけである。

 その点は、まだマシだったのかもしれない。されることは高貴だろうと下賤だろうとかわりはない。だけど、実入りはまったく違う。

 ある程度の年齢になると、抱かれる貴族の質がかわった。それでもされること、やることはたいしてかわりはない。

 そんなある日、あるギルドの長に抱かれた。暗殺や諜報活動など、後ろ暗いことをやっているギルドの長らしい。その場で誘われた。

 娼館を去り、ギルドで働くようになった。事務仕事や仲介人としてではない。暗殺者として、である。

 スキルを身につける為、血のにじむような努力をした。その結果、ギルドでも一、二位を争う腕前になれた。

 だけど、一つの依頼が、わたしの暗殺者としてのキャリアに終止符を打った。

 アヤ・クレメンティ公爵令嬢を殺害しろ、という依頼が舞い込んできた。彼女は、王太子の婚約者であり、このプレスティ国に二人いる聖女の一人らしい。

 なんでも、クレメンティ家の子女は、聖女の力を受け継いでいるという。

 人殺しのわたしでも、一応は依頼を受ける前にはきちんと調べ上げる。見ず知らずの人の命を奪うのである。わたし自身、納得出来るものでなければならない。要は、わたしなりの大義名分を振りかざさなければ、人の命を奪えないわけである。

 調べれば調べるほど、彼女を殺す理由など何一つないことに気がつかされた。

 それどころか、「邪魔だから殺そう」という身勝手な理由で殺害を企てているとしか思えなかった。

 ギルドに舞い込む依頼は、基本的には依頼人についての情報はわからない。実行する暗殺者には知らされない。

 だけど、彼女の場合はだれが依頼したかはほぼ明白だった。

 彼女を殺すには抵抗がある。しかも、この国を加護している聖女である。

 だから、断った。

 それが、マズかった。

 わたしはその後、同業者に狙われ襲われた。そして、結局は捕まって殺されたのである。その理由もまた、容易に推測出来る。

 国家レベルの重大な秘密を知っていたからだ。

 多くの民衆の罵倒や非難の渦の中、斬首された。

 そのはずだった。
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