大蛇の花嫁
死が目前に迫っている時の人間は、無駄な足掻きをする。桃も縛り上げられて動けないというのに狭い箱の中で暴れ、口枷によって封じ込められているというのに声にならない声を出す。

(こんなところで、死にたくない……!)

どれほどの間もがき続けていたのだろうか。箱の扉がギイッと音を立てて開いていく。桃の心臓が大きく跳ねた。この扉を開けたのはーーー。

「頬が腫れているではないか。……チッ、あの使えない連中共め。あれほど傷一つない状態で連れて来いと言ったというのに」

低い男性の怒りを含んだ声が桃の耳に聞こえ、どこか冷たい手が殴られた頬に優しく触れる。恐怖でいっぱいだった桃は、その時初めて殴られた頰の痛みに気付き、身を捩る。

「すまない。痛むな。すぐに屋敷で手当てをしよう。その前に……」

男性は桃を縛っている縄を丁寧に解いていく。そして、口枷と目隠しも外してもらった。

「えっ……」

男性の姿を目にした桃は、思わず息を飲んでしまう。目の前にいたのは恐ろしい姿をした怪物ではなく、この世のものとは思えぬ美しさを纏った人だった。
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