お嬢様、今宵は私の腕の中で。
「それはどうしても踊らなければなりませんか?」
「ああ。だが、男性と言ってもな」
お父様は腕を組んで、なんでもないようにさらりと告げた。
「すずは、婚約者と踊るだけだ」
……こ、婚約者?
聞き間違いかと思ってお父様を見つめると、深くうなずかれる。
「お前ももう16歳だろう。そろそろ結婚を前提としたお付き合いというものをするべきだと思ってね。今度のパーティーは、その顔合わせとでも思ってくれ」
「お相手は有名会社の社長の御子息よ。良かったわね、すずちゃん」
いやいや。
全然良くないでしょ。
だってわたし、婚約者のことなんていっさい聞かされてないし。
どうして見ず知らずの男性と結婚なんてしないといけないの?
「それはちょっと……」
渋ったわたしを見て、お父様がスッと表情を硬くした。
それに合わせて、わたしの背筋も凍っていく。
時折こういう顔をするから怖いんだよ。
そりゃあ、桜財閥のトップを務めているくらいだから威厳はあると思うけど。
それにしても、その目つきは怖すぎるって。
「何か不満があるのか?これは両者の父親同士が組んだ縁談だ。簡単に破棄はできないぞ」
つまり、わたしは首を横には触れないってことか。
政略結婚に素直に従って、家のために貢献しろと。
そう言いたいんだね。
「安心しろ。相手の男性はすずより年上だし、頼り甲斐のある方だと思うから」
「私も何度かお会いしたけど、とっても優しそうな方だったわ」
わたしの意思などまるでないように言ってのける両親。
わたしのことを感情を持たないロボットか何かと勘違いしているんじゃないか。