お嬢様、今宵は私の腕の中で。
「……お嬢様」
後ろで小さく九重の声が聞こえた。
けれど、その声に答えることなく自分の部屋へ向かう。
どうして。
どうして、どうして。
「1人になりたいの。ほっといて」
自室の前でつぶやいて、ドアの取手に手を伸ばす。
1人になれば、こんな気持ちすぐに変わるだろうか。
開き直って、婚約を承諾できるだろうか。
「お嬢様」
ドアを閉める刹那、細い声が耳に届いた。
部屋に入った途端、静けさに震えが止まらなくなる。
「なんでよ……」
────ドアの向こうで、九重はどんな顔をしてる?
普段の九重らしくない声音が、頭の中で何度も響いている。
悲しい声でわたしを呼ばないで。
……浮かれていた。
九重と一緒なら、何にも縛られない"普通"の生活ができるんじゃないかって。
でもそんなのは勘違いだった。
泡沫の夢を抱いたところで、それらは最後は何もなかったかのように消えてしまう。
最初から分かってたはずでしょう。
わたしが自由を求めちゃ駄目だって。
「にゃあ」
「ラン、わたし、どうしたらいいかな……?」
目頭が熱くなって、一粒の涙がこぼれ落ちた。
一度溢れた雫は、とどまることを知らず、あとからあとから溢れ出してくる。
「みゃう」
部屋の隅でじっとしていたルナが寄ってきて、わたしの膝の上で丸くなった。
「ありがとう、ルナ」
気を遣わせてごめんねの気持ちも込めて、その小さな体を撫でる。