お嬢様、今宵は私の腕の中で。
「わたくしでございます」
「貴船……?」
目を丸くするわたしに、お父様が「そうだ」とうなずいた。
「貴船は今日をもって、すずの使用人を退職する」
「そ、そんな……」
わたしは、動作の一つ一つに品のある、白髪混じりの彼を見つめた。
たしかに、もう退職の歳といっても遅いくらいだ。
逆に、この歳でわたしの使用人を務めていたこと自体が考えられない。
貴船はわたしが小さい時からの使用人で、仕事で忙しい両親の親代わりのような存在だった。
だからこそ、会えなくなると思うととても寂しい。
わたしにとって貴船は、もはや家族も同然なのだ。
「すずお嬢様」
貴船が姿勢を正したまま、わたしの名前を呼んだ。
わたしも貴船の目をまっすぐに見つめる。
「今までありがとうございました。すずお嬢様のその溌剌とした性格は、他の誰にもない誇るべき長所だと思います。お花がお好きなところや、綺麗なものがお好きな女性らしい性格とその豊かな感性をいつまでも大切にして、素敵な花嫁様になられることを貴船はいつまでも応援しております。お嬢様のご成長を近くで見守ることができ、幸せでした。どうか、お元気で」
そう言って一礼する貴船。
本当にもう、お別れ、なの……?
信じがたい気持ちで貴船を見つめると、わたしを何度も安心させてくれた柔らかい笑みが返ってくる。
この笑顔を見ることも、もうないんだ……。
そう思うと急に悲しさが込み上げてきて、涙がこぼれそうになるのを必死に堪える。