お嬢様、今宵は私の腕の中で。
「綺麗な月……」
桜家自慢の大浴場は、透明なガラス窓から、花と空が見えるようになっている。
色とりどりに咲き誇る、シクラメン、ビオラ、皇帝ダリア、ゼラニウム。
窓の外には、いっぱいの秋が広がっている。
花好きのお母様が専属の花卉栽培者と園芸士を雇っているため、季節に合った花はもちろん、開花時期が違うものも、いつでも綺麗に咲いているのだ。
わたしの花好きもお母様からきたもので、いつも綺麗にお花のお世話をしてくれている栽培者と園芸士の方には感謝してもしきれない。
ふ、と息を吐き出して、 皓々と照る明月を見上げる。
『今宵は月が綺麗ですね』
ふと、九重の声が頭に響いて、ぶくぶくと湯船に口許を沈める。
……無心だって決めたのに。
やっぱり無理だ。
九重が頭から離れてくれない。
いくら意識から外そうとしても、もはやそれは無駄な抵抗だと言えた。
なんか今日の九重はいつにもなく本気…っていうか。
わたしの知らない九重が垣間見えるような、そんな空気を纏っていて。
『冗談ですよ、お嬢様』
そんなことを言ってくれるような雰囲気じゃなくて。
「どーしよ…」
考えれば考えるほど頭が混乱して、わたしはなかなかお風呂からあがることができずにいた。