お嬢様、今宵は私の腕の中で。
「貴船さんは本当に良い人だった。男性としても、使用人としても。彼には感謝をしてもしきれない」
「ええ。本当に」
両親の会話を聞きながら、涙を拭う。
わたしの涙がようやく落ち着いてきたところで、お父様が「それでだが」と腕を組んだ。
「貴船さんがいなくなって、すずが一人になるのは非常によろしくない。だから、専属の執事をつけることにした。今まで貴船さんには、使用人としての仕事とすずの御付きをしてもらっていたんだが、これからはすずの世話だけをする専属執事を雇うことにした」
お父様の隣で、お母様がうんうんとうなずいている。
……なんだか嫌な予感がするのは、わたしだけだろうか。
原因不明の悪寒さえしてくるようだ。
「入っていいぞ」
ドアの方へお父様が声を投げる。
「失礼致します」
その声とともに、ドアが開く。
姿を現したのは、あの黒スーツ男だった。
……なんで!!
まさか、とは思うけれど。
この人が、わたしの新しい専属執事とかいうことはないよね……?
ごくり、と唾をのむ。
お父様に視線を遣ると、満面の笑みを向けられた。
「この方は九重さん。これからすずの専属執事になる方だよ」
……ああ。最悪だ。
貴船との涙の別れは、一瞬にして最悪の事態に変わってしまった。
スーツ……というより、もはや執事と聞いてしまえば、これは完璧に執事服だ。
執事服を纏った彼は、左手を前にして腹部に当て、右手を後ろに回して優雅な礼をする。