お嬢様、今宵は私の腕の中で。




「お嬢様、お待ちしておりました」

「別に待ってなくてもいいんですけど……」



小さくなりながら部屋に入ると、それはもうとんでもなく笑顔な九重に出迎えられた。



「お嬢様、髪を乾かしますのでそちらにお掛けになってください」

「じ、自分でするから」

「いいえ。私、女性の髪を乾かすというのが長年の夢だったのです。ですから、どうかお願いします、お嬢様」



ポンポンと座るよう促されて、しぶしぶ椅子に座る。


目の前の大きな鏡には、わたしと九重が映っている。



「失礼します」



しっかりタオルドライした後の髪を、ふんわりと優しい手つきですくわれる。


たったそれだけのことなのに、わたしの心臓はトクトクと正確に鼓動を刻み始める。


九重は淡いピンク色の容器に入ったヘアオイルをわたしの髪につけた。


途端に甘く広がる、華やかな桜の香り。


九重はドライヤーともう片方の手を器用に使って、慣れた手つきで髪を乾かしていく。

< 130 / 321 >

この作品をシェア

pagetop