お嬢様、今宵は私の腕の中で。

強すぎない、甘い桜の香り。



「ありがとう、九重」



相好を崩す九重にそう言って、立ちあがろうとしたときだった。



「逃がしませんよ、お嬢様」



離すまいと回った腕が、わたしの身体をとらえて動けなくする。



「わっ……」



ふわりと鼻腔をつく、爽やかなシトラスの香り。


途端に桜のヘアオイルの香りと混ざって、さらに甘い香りに包まれる。



「ちょ、九重……?」



今、九重は後ろからわたしに腕を回している。


いつかの日、学校に誰かが隠して持ってきた【しょうじょまんが】という名前のものに、似たような場面が描かれていた気がする。


そのときは、黄色い悲鳴をあげてキャッキャウフフと騒ぐお嬢様たちの心理が分からなかったけど、今ならドキドキする気持ち、少しは分かるかもしれない……。

< 132 / 321 >

この作品をシェア

pagetop