お嬢様、今宵は私の腕の中で。
「ベランダに行こう、九重」
「今からですか」
「そう。空を見に行きたいの」
「────仰せのままに」
椅子から立ち上がった九重は手際よく防寒着やらなんやらを持ってきて、ベランダに素早く設置する。
あっという間に天体観測ができる状態が出来上がり、戻ってきた九重はわたしをひょいと抱き上げた。
「わっ」
「歩いていただくよりこの方が楽です。失礼します」
わたしを抱いたままスタスタとベランダに歩いていった九重は、ハンモックにゆっくりとわたしを降ろした。
僅かに身体が沈み、視線の先に眩しいほどの星空が広がる。
ふわりとふかふかの毛布をかけられて、静かな世界の中に、どこからか虫の鳴き声が聞こえてくる。
「秋の四辺形。九重、知ってる?」
「ええ。別名ペガススの大四辺形とも呼ばれていますよね。ペガスス座の『マルカブ』『シェアト』『アルゲニブ』アンドロメダ座の『アルフェラッツ』を結んでできると」
「詳しいんだね、星」
この間学校で習った知識を披露しようと思ったのに、倍の知識を返してくる九重はさすがだと思う。
「お嬢様が花にお詳しいのと同じようなものです」
「九重、花にも詳しいじゃん」
「お嬢様の好きなものを好きになりたいので。……というと、少しキザすぎる気がしてなりませんが」
「九重いつもそうじゃん。大して変わらないよ」
息を吐くと、焦った様子の九重が頬を赤く染め、俯いた。
「いつも……。そんな、私。無意識で」
よほど恥ずかしいのか、耳まで真っ赤にする九重。
その様子があまりに必死でおかしくて、つい笑いが洩れる。
「冗談だよ、九重」
「……やられました」
安堵の息を吐く九重にクスクスと笑いながら、また夜空に視線を戻す。
「寒くないですか」
「うん。大丈夫」
隣から聞こえてくる声に返事をして目を瞑ると、瞼の裏に記憶と呼べるのかも分からない、夢と現実の狭間とも言える景色が浮かびあがった。