お嬢様、今宵は私の腕の中で。

「存外、可愛いと言われるのも悪くないですね。特にお嬢様に言われると、なんだかとても……」

「ストップストップ!」



なんだか九重に変な趣味が芽生えそうだったので、慌てて口を挟む。



「兎に角、起きたならいいんです。昨夜は付き合ってくれてありがとうございました!」

「その謎敬語はなんですか」



立ち上がろうとして、まだ手を繋いだままだったことに気がつく。


私の視線が落ちたことに気づいた九重が、「すみません」と謝罪をこぼして手を離した。



昨夜(さくや)のお嬢様は何かに(うな)されていらっしゃるようでしたので、つい握ってしまいました」

「ああ……そういうこと」

「悪い夢を見たのですか」

「悪い、っていうか。過去の記憶っていうか」



ん?と首を傾げる九重に、曖昧に微笑んで、ベランダをあとにする。



「お嬢様」

「九重はそこでゆっくりしていて。これから着替えたり準備したりするから。あ、寒かったら中に入っていてもいいけど」

「いいえ。ここでお待ちしております」



部屋に入ると、いつもより早く起きたらしい黒猫のルナが、トコトコとこちらへ歩いてきた。



「みゃー」

「あら、今日は早起きなのね」



抱き上げると、漆黒の瞳がまっすぐにわたしを捉える。

< 148 / 321 >

この作品をシェア

pagetop