お嬢様、今宵は私の腕の中で。

「全然平気じゃないよ……」



マフィンサンドを持っている右手が、目で見てわかるほどに震えている。


男性慣れしていないわたしにとって、間接キスは非常に難易度が高い。


だから、九重みたいに余裕の表情を保つなど、到底出来なかった。



「なんなの……」



せめて、全部食べてくれたら良かったのに。


中途半端に一口食べるから、右手にはまだマフィンサンドが残っている。



「食べ……る?食べ、ない?」


意味のない自問を繰り返して、嘆息する。


わたしがこのマフィンサンドを食べたら、完全に間接キスだ。


でも、せっかくの朝食を残すわけにもいかないし……。



「あー、もう!!」



意を決してパクっと口に放り込む。


無心だ。無心で噛め、ひたすら。


自分に念じながら咀嚼(そしゃく)し、飲み込む。



残りのマフィンサンドは午後のおやつにすることにして、寒い廊下に足を踏み出すと、ひやりと冷たい空気が頰に触れる。

だんだん冬に近づいてきていることを感じ、なんだか無性に嬉しかった。
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