お嬢様、今宵は私の腕の中で。

「お嬢様。少し、浮かれたことを訊いてもいいですか」

「……ん?」

「それは、私のため、ですか」


ドキッと心臓が跳ねた。

左右に視線が彷徨う。


それだけできっと九重は気付いたはずなのに、それでもなお首を傾げて私を見つめてくる。


「言わなくても、分かる、でしょ」

「いいえ。言葉にしなければ思いは伝わりません」


正論をぶつけられてどうしようもなく俯く。


「私は今宵、お嬢様のためだけにお洒落をしてきました。全ては貴女に素敵だと思ってもらうためです」

「……っ」

「お嬢様は、どうですか」


────そうだよ。

全部全部、貴方のため。


心の中では言えているのに、唇が震えて言葉が出ない。


そんなわたしを、九重は根気強く待ってくれている。


「……わ、わたしも」


これが限界だった。

そろりと九重を見上げると、優しさと甘さが混じった笑みが降ってくる。


「嬉しいです」


そう言って破顔する九重は、わたしの首元に目を遣って、それからはっと思いついたように自分の首に巻かれたマフラーをとった。


「すみません、気付けなくて」


ふわり、と首に巻かれたマフラー。

途端に淡いシトラスの香りが鼻腔をくすぐる。


「九重が寒いでしょ」

「いえ。大丈夫です」

「でも、悪いから……」


マフラーをとろうとしたわたしの左手が掴まれた。


「私はこちらが1番ですので」


ロングコートのポケットに繋いだ手を入れて、九重はにこりと笑った。

トクトクと鼓動が高鳴る。

< 196 / 321 >

この作品をシェア

pagetop