お嬢様、今宵は私の腕の中で。

「────お嬢様っ」

「ほら来た。選手交代」


すぐに立ち上がった月夜さんは、ひらひらと手を振って屋敷の中に消えていった。


入れ替わるようにして、わたしのとなりに座ったのは。


「……九重」


額には汗が浮かんでいて、いつになく焦った顔をしている九重だった。


「お嬢様……あいつに何もされませんでしたか」

「……」


黙ったままのわたしを見て、九重の顔がだんだん強張っていく。


「何か、されたのですか」

「……された」



ぽつりと呟いた途端、九重の目が見開かれる。


その瞳はゆらゆらと不安げに揺れていた。


「いったい何を」

「……キス、された」


その瞬間、九重の顔が一気に凍りついていく。

ぐ、と顔を歪めて、九重はわたしをその腕の中に抱え込んだ。


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