お嬢様、今宵は私の腕の中で。
「九重……って、僕は確かに九重だけど、君のことは知らないよ。人違いじゃないのかな」
「……え、そんなはずは」
目を丸くしながらもう一度彼を見上げる。
すらりと高い背、パーツも配置も整った顔は、すべて九重と同じ。
違うところを挙げるとすれば、口調と、装いだった。
「君、誰かに似てる。はて、誰だったか」
根本から綺麗に染まった白銀の髪。
全体的に白をベースとした服装で、執事服ではなかった。
それになにより違うのは。
「悪いけど、僕は君の知り合いじゃないよ。おそらく何か勘違いしているんじゃない?」
自らの呼び方だ。
九重は"私"や"俺"なのに対して、目の前の彼は"僕"と呼んでいる。
確かに言われてみれば、若干九重と違うかもしれない。
でも、そんなことがあり得るのだろうか。
世界のどこかに……などという怖い話はあまり信じたくなかったけれど、この状況からするに、まったくの嘘というわけではないのかもしれない。